HitoriGatari



一人語り    つれづれなるままに


失礼な(2002/08/16(Fri))
「失礼な」を連発して他人を排撃する人がいる.この言葉が出始めるともう議論にならない.議論の終了の宣言でもあるのだろうか.
 「失礼な」ということは礼を失していると相手を非難することだ.つまり,社会の規範によって自分は守られるべきだという主張なのだろう. 自分で自分を守れなくなったとき,自分では信じてもいない社会の規範に訴えているのだ.
 そうか,だから,聞いていて不快なのだな.
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light as a feather(2020.5.3)
 light as a featherは「羽根のように軽く」と訳されることが多いが,口にしていると,「軽やかに」となってしまうことがある. しかし,「軽やかに」とするのなら,「羽根」ではなく「綿毛」だろうとも思う.
 「綿毛のように軽やかに」 タンポポの綿毛.いいなあ,そんな風に生きれたら.どこへ行くでもなく,ただふわふわと浮かんでいる.落ちはしないのがいい.
 でも,やはり落ちるのだろう.少しの風で舞い上がり,またしばらく浮かんでいる.雨でも降らない限り,いつまでもそうしていられそうだ.
 そうか,いつか,雨が降るんだなあ.
 僕は昔,そう大学の3年か4年のころ,つまり,京大闘争の真っただ中だったころ,自分の体形も省みず,「風のように生きたいんだ」とある人に言ったことがある.ほかに言ったことはない. もちろん,語ったとき,自分も,その聞かされた相手も聞き過ごしてしまう雰囲気の中で語られたことを承知していた.
 1メートルも跳び上がれないくせに,風のようにとは,どの口から,冗談にでも,ということで,話題は次に進み,言われた方も言った方も忘れてしまった.でも,それは僕の人生の一コマとして確かにあった.
 「羽根」というなら,それは鳥の羽根であり,翼でもある.羽根なら一枚でもいいが,翼は集まって飛行を可能にするものになる.
 羽根は一枚でも,どこか自分の意思で飛ぶことができるような気がする.羽根自身の意思?
 当時「翼をください」というフォークソングが世に流れていた.「願い事がかなうならば」という歌詞は仮定法過去なのだから,その願いはかなわないものとであることが前提だった.
 だから,「風になりたい」と思ったわけではない.「風のように生きたい」のが何故だったのかは,今になっても謎だ.
 後付けの夢解きならできないことはない.大学で学び始めて一番のショックは数学だった.高校までの数学とはまったく違ったものだった.
 湯川さんに会いたくてというくらいのミーハー的な気持ちで京都大学理学部に入ったのだが,クラスの半分以上が湯川さんのところで素粒子論をやりたいという気分で全国から集まっていた. それが何故か,1年の終わりころには数学を選んでいた.その時の気分としては数学に選ばれたのかもしれない.
 ここの理学部は一括して入学して,2年から3年に変わるとき(そのとき所属も教養部から理学部にかわり,キャンパスも時計台の南から比叡山を望み見る北部キャンパスに移るバス停なら,東一条から,百万遍,京大農学部前に移動する),数学・物理第1第2・化学・宇宙物理・地球物理・動物学・植物学に分属する. 学科は専攻科となり,今はかなり現代的に改変されている.
 大学3年の1月京大闘争が本格化し,3年の学年末試験がなくなり,夏休み明けまで,講義もなくなってしまった.
 その間の期間に,サル学の伊谷純一郎先生と深く知るようになり,また,当時新設したばかりの生物物理の寺本英・岡田節人・江口吾郎の3人にはかわいがってもらった.7月にモグリで連れて行ってもらった白浜の臨界実験所の研修では発生学の実験が面白く,また手際が良いなどと褒められた.数学ではあまり褒められたことがなかった身としては惹かれる気持ちがなかったとは言えない.
 学問のあり方として,書斎科学,実験科学,野外科学がある.知識の積み重ねから学問に至るみち,標語的に言えば博物学からの脱却はどのタイプの科学にもある.個々の科学の個々の分野にもある.その過渡のところが面白そうに見えた.
 しかし,すでに数学に身は縛られていた.実験科学は少し性に合わないが,野外科学の在り方にすごく引かれていた. 数学以外に歩む道はないと思い定めて,学部に進んでいたのに.「風のように」するのなら,できるのなら,自分は何をしたいのだろうかということが言葉の裏にあったのかもしれない.
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つれづれなるままに(2020.5.5)

 つれづれなるままに、ひくらし、すずりにむかいて、こころにうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなくかきつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ

 誰もが知っている,吉田兼好の徒然草の序段である.もうずいぶんと前から,こういう気分で,書かねばならないような,つまり書くことを求められている文章ではなく,そこはかとなく書き綴ることができればと思っていた. それを,一人語りの総タイトルに借りることにしてアップしたのは,もう何年も前のことで,短いのを書いてから放りっぱなしになっていた.それを今になって書き始めているのにはいくつかの事情がある.その事情はまたの機会にするとして,気になったので,徒然草の次の段を見てみた.

 いでや、この世に生れては、願はしかるべき事こそ多かんめれ

 さてさて、この世に生を受けたからには、 誰しもかくありたいものだという願いは多いものだ,と言ってつぎに,願いの在り様として,天皇から,摂政や関白などはその子孫でも気品があって及びもつかないが,血筋でなく尊敬されることのある僧も,見苦しいのも優れているのもあるがそれは心がけ次第.兼好がなることの不可能なものから可能なものまでを挙げ,あきらめの境地を越えて,よい文を書くこともでき,酒をたしなめるのもまた良い,などと言っている.
 どうも,「心に移りゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつけて」いるようには見えない.後段ではそのようなものもあるが,第1段では,どうしてもこういうことが語りたかったのかもしれない.それは一種の妄執のようなものに見える.
 「日暮し硯に向か」って筆を取ってみても,何を書いたらいいかわからない,というより,頭が真っ白になって,書こうとしていることすらわからなくなる. まあ,そんな風に,僕も,何年も枠だけ作って中身の文章を書けずにいた.
 それが何故とにもかくにも書くことになったのには事情がある.その事情を書く段になって,今また,ためらいが沸き上がる.次のかたりは,いつになるだろう?

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考えることを考える0(2020.5.14)

 去年の秋ころから何となく考えていることがある.算数・数学を公教育で行うことの意義はいろいろあって,例えば,『公教育と数学』(南九州大学数学教育シンポジウム, 2019.12.8)で述べたように,国家の在り方からも論じられるが,数学を教えてきて,生徒や学生を見てきて思うことは,彼らに考えることを身につけさせるこそ第一であるように思われる.
 だから,社会に出て役に立つかどうかということは知識の問題で,知識そのものは,それはないよりもあった方がよいかもしれないが,それはむしろクイズに寄ったことだろう. その知識も単なる記憶ではなく,構造化されたものでないといけない.そうでなければ,貯めこむことも取り出すこともスムースにはいかない.素早くできることも頭の良さだけれど,間違わずしっかりできることも大切だ.
 考えるということで考えられることを考えてみていこう.ちなみに,この文でも3つ出てくる「考える」は少しずつ違ったもののようである.
 考えることが得意なものは,知識構造の構築ができているように思える.少し詩的な言い方をすれば,自分なりの数学的世界を作り上げること,その地図を作ること,その世界の歩き方に慣れること,などがあるといいだろう.
 例えば教室で少し難しい数学の概念を教えて,不思議そうな顔をしている学生に考えるように言うとき,彼らが何を考えているのかわからなかった.自分だって学生のとき,初めて出会う用語には戸惑ったものだ.定義を読み返し,それに関する定理を読んで,証明を追い,演習問題を解き,できれば他人に尋ねられて教えようと努力して,初めて少しわかった気持がしたものである.それも,その時初めてわかっていなかったことに気づかされる.
 なのに学生にすぐに分かれというのが無理であることはわかる.わかるのだが,教えねばならない立場として,彼らに考えるきっかけとなるものを提示するしかない.そのきっかけは学生一人一人で異なる.一般的な手順はなく,その場その場で考えないといけない.
 構造化された知識は,百科事典のように多くの文章で成り立っているのかと言えば,そうであるとは言えない.そんなものだとすれば,シーケンシャルアクセスなわけだから,面倒で仕方がない.
 知識が組み立てられ,建造物のように,また自然の風景のようになっていて,目的に応じて探し出せなければ役には立たないだろう.同じ知識も見え方が違うことがあり,発想の転換を生むわけだから,多角的に見えるようになっていなければならない.
 数学で新しい概念を学ぶとき,建築ブロックが提示されるだけで,建造物の適切な位置に置けるわけではない.講義するときには,それを補助するような説明を色々するのだが,その説明もまた,学生によって理解の度合いも深さも異なり,謂わば,ブロックが風景の中を漂流することになる.
 新しいことを学ぶことと,学んだことが使えるようにするというのは,もちろん密接に関係はしているだろうが,違うことであると思った方がよい.

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考えることを考える1考えることと論理1(2020.5.14)

 考えることを考える,とは言ってみたが,それこそ何を考えたらよいのかわからない. 高校のとき,近代合理主義はwhatを問うことを止め(諦め),howを問うことで始まったと,習った...? 多分,習ったんだと思う.ある意味,その当時では常識だったのかもしれない.そんなことを習うような授業は,振り返ってみても思いつかない.
 数学が真理を追うことを諦め(止め),世界を設定し,その世界の豊かさを追求するようになったのは,古代ギリシャからなのだが,そのことをあからさまに意識するようになったのは比較的新しい.
 数学を学べば,howを問うことの有効性を体感することができる.
 考えるということが何をすることか,考えれば考えるほどわからなくなる.しかし,考えているという状態にあるとき,どういうことをしているかを観察することから始めてみよう.
 何かしら,文章を綴っている.「AはBである」,「CはDをした」,「EはFに似ている」・・・それらの文章は,完全な形で綴られないかもしれない.一つの文章と次の文章の間に直接的な関係があるときもあれば,何の関係もないときもある.

 まず,最初の「AはBである」という文章はどこから出てきたのだろう.それを生み出すことが考えることなのだろうか.そう言ってしまうと,どこか違うような気もする.
 「AはBである」を言ったあと「CはDをした」という文はどこから来たのだろう.
 例えば早口の人がいる.「頭で考えたことをすべて口に出す」のだという.この場合,文章を紡いでいくことの裏に,考えるということがあることになる.
 さらに早口の,いわゆるマシンガントークが売りのアナウンサーの喋りを少し引いて聞いていると,1つの文と次の文の間には割りと分かりやすい関係があることに気づく.連歌の匂い付けのように,1つの文が作るイメージの中から,何でもいいから核になりそうなものを拾い出し,文を話している時間にその核を膨らませ,語ることができるほどのイメージにするようだ.だから,前の文の持つイメージとは関係のないものになるし,いくつかつないでいくうちに反対のイメージを語ることもある.こういうことは考えるとは言わないだろう..
 数学の例では分かりにくい人のために,考えるということの典型的な例で考えてみよう. あ,この最後の「考える」というのは,脳内にあるストックの中から,今イメージしているものに適したものを探すという操作のようだ.
 それはさておき,例として,推理小説の謎解きの場面を考えてみよう.この「考える」ということはストックの中から選びだすという操作のようだ.

 考えることと思われることの典型に論理がある.「PならばQである」と「QならばRである」が成り立てば,「PならばRである」が成り立つ,というのは誰もが認める三段論法である. 数学はこれの積み重ねだと思われているかもしれない.
 少し整理してみよう.ここでPやQやRは命題であって,それ自身が「AはBである」というような文章で表されている.「PならばRである」というのは,Pが真であるならば,Qが真であることが導かれるということである.そこには「Pが真である」ということは仮定されていない.そういうことを保証するものではないのだ.
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将棋のAI(2020.7.25)

 松本博文『藤井聡太はAIに勝てるか?』光文社新書939を読んでいる.期待した内容ではなくて止めようと思いながら,既に3分の2ほど読んでしまった.
 面白くないわけではない.だが,タイトルから期待したようなものではなかった,というだけである.
 電王戦という,コンピューターソフト(AI)と棋士との対戦や,AI同士での勝ち抜き戦の話が詳しい.AIがどのように進歩してきたか,つまり対戦相手に勝てるようになっていったか,ということはほとんど何も書いてない.まあ,事情を知っている人なら何となくわかるという程度には書いてあり,それ以上書くことが許されていなかったのかもしれないが.誰に? 多分,出版社に,だろうか.
 厖大な過去の棋譜を読み込み,局面の評価値を精査して行くことで強くなり,トップアマ程度になった後,ディープラーニングの手法を使って格段に強くなり,プロ棋士にも負けなくなり,つには現役の名人にも圧倒して勝利するまでになった.という話で,AIや将棋の中身についてはほとんど触れられていない.
 しかし,まあ,新書のような一般的な書物の中で説明されても,わかる人はほとんどいないだろうし,それより,買ってももらえないし,手に取ってすらもらえないかもしれない.
 タイトルとは何の関係もないが,印象に残った章がある.第4章は日本将棋連盟を唯一退会した永作芳也氏の話である.
 明治以後の乱立した諸団体を統合して日本棋院を作ったので,1977年4月1日に現役・引退・物故を問わずすべての所属棋士(72人)に番号を振った.ちなみに,大山康晴は26番,升田幸三は18番である. 現在はプロ棋士になった順に番号が振られていく.現在,現役で番号が一番若いのは93番の桐山清澄九段で,92番までは亡くなったか引退したかである.ちなみに92番は中原誠であり,その後の有名どころは谷川浩司(131),羽生善治(175),佐藤康光(182),森内俊之(183),屋敷伸之(189),木村一基(222),渡辺明(235),佐藤天彦(263),豊島將之(264),藤井聡太(307)などである.
 株の優待で有名な桐谷広人は120番で七段まで行って引退,奨励会時代には永作氏を援助したという話である.
 永作氏は139番だったが,1988年に24歳で,五段のときに退会した.それ以来,退会した人はいない.本人は全面的に肯定しているわけではないが,退会の理由が凄まじい.
 「名人になれないと悟ったから」というのである.
 数学者で言うなら,フィールズ賞を獲れないと悟ったら数学者を辞めるのかということである.フィールズ賞でということは聞かないが,何かしらの見込みの下で数学をするのを止めた著名な数学者がいはする.

 こんなことが書きたいわけではなかったのに,書き始めたらこんな風になってしまった.徒然に,そこはかとなく書いているという体なのだからそれでいけなくはないのだが.
 書きたかったのは,AIと呼ばれている中で,実際に成功しているといえるのはそれほど多くはなく,チェス,将棋,碁で,世界チャンピオンに勝つまでに進歩したという話は分かりやすく,それ以外のことでは別の価値観が紛れ込んで,AI(人工知能)の知能としての働きが何であるのかがもう一つはっきりしない.
 だから,タイトルに,郷土の誇りである藤井聡太君の名前があって,AIもあるので,とりあえず手に取ってしまった,ということである.
 AIはartificial intelligenceの頭語であり,artificialは人工のとか人造のという意味だが,intelligenceは知能ではなく,知性である.知能とか頭脳に対する英語はbrainである.この訳語のずれにより,日本ではAIはかなり違ったニュアンスを持つようになった.アトムが日本人の常識の根底にあるため,考えて動くロボットに馴染みがある.むしろありすぎる.
 知能は考える器官としての脳であって,intelligenceはむしろ考えることそのものであったり,そのことの持つ機能だったはずである.ここしばらく,考えることを考える,ことを考えるテーマにしているので,それとの差異について考えてみようかということで書き始めたのだけれど,これだけ話がずれたので,これは一旦やめておいた方がよいかもしれない.

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