Translator's Postscript to Will_you_be_alive? MyBookへ. 
『確率で読み解く日常の不思議』ホーム


『確率で読み解く日常の不思議』 訳者あとがき


 著者のポール・J・ナーインには多くの著書がある. 現在,手にすることができる状態のものが16冊ある.日本語の翻訳も6タイトルが出版されている. 数学者や工学者の伝記,数学史と絡めた虚数やオイラーの公式などの数学的話題の解説,数学と物理学との関わり,相対性理論の解説をタイムマシーンと関連付けたもの,数学的なパズルなど,非常に幅広い.
 しかし,彼は単なる啓蒙家ではない.スタンフォード大学卒業後,修士はカリフォルニア工科大学,博士はカリフォルニア大学アーヴァイン校で学び,電子工学のPh.D.を得ている. 数年宇宙関連の会社に勤めた後,数校の大学で教え,その後30年近くニュー・ハンプシャー大学とヴァージニア大学で電気工学の学部生と大学院生に確率論とその応用を教え,現在はニュー・ハンプシャー大学の名誉教授である. だから,その著書はユーモアも交えて読みやすいが,内容はしっかりしている.
 確率に関するパズル・ブックがプリンストン大学出版局から3冊出ていて,1冊は既に和訳されており,本書は3冊目である. 数学の啓蒙書の中でも確率の占める位置は小さくない. 思いもかけない結果が,簡単だが間違えやすい考察から導かれるからでもある. 本書の中でも,ニュートンダランベールラプラスといった大数学者でも正しくない考察を表明したことが語られているほどである.
  確率に関する問題が簡単なのに間違うことが多いというのは,ちょっと見の印象というものである. 啓蒙書で扱われる場合が極端に簡単な場合だから簡単に見えるだけである. 本当はそれほど簡単なものではないのに,なんとなく簡単なことのように思う. だから間違いやすいわけである.
 確率は,ある意味,未来予測の科学である. ありうる未来が有限の状態しかなければ,それを数え上げればいいわけであるが,高々4つしかないのにもかかわらず数学者ですら間違ったという例も本書にはある. キーワードは「同等に確からしい」ということである.
 あらゆる未来を同等に確からしい有限個の状態に分けることができれば,望む性質を持つ状態を数え上げればよいのだが,実際に数え上げることも易しくないし,さらには同等に確からしい状態に分割することも易しいことではない. そういうことが易しく見えるのは,実際に易しい問題が,易しく見えるように述べられているからである.
 教科書というものはふつう,技法や技術を述べて,それが適用できる問題を上げていくので,どういう技法を使うかはあらかじめわかっている. しかし,実際に,生活の場で出会う問題や,挑戦される問題ではどんな技法を使えばよいかがわからないし,さらには解けるかどうかもわからない.
 サイコロを転がすことにしても,1つ転がすだけなら,どの目が出ることも同等に確からしく,確率は$1/6$である. しかし,2回,3回転がしたとき,合わせていくつになる確率は?と言えば,それが確率論の始まりになるほどの難しい問題になる. 続けて3回2が出る確率とか,何回振れば一度でも続けて3回2が出る確率が$1/2$より大きくなるか,などと状況を細かく設定した未来予測となれば,相当に面倒くさくなり,果ては,級数の和の計算やら,差分方程式(漸化式)も必要となる.
 それらはまだ,試行回数を限定すれば有限の場合しかないが,ダーツを投げてどういう範囲に当たるかなど,当たる場所を点と考えれば,場合分けは有限で済まなくなる. 正方形なり円なりの範囲に当てようとして,その範囲の任意の点が同等に当たりやすくなるなどということはない.ランダムさをどう表現したらよいのかが問題になる. 種々の状況設定の際には面倒なので,どの点も同等とすると,一様な分布という状況を考えることになるが,それでやっと,当たる領域の面積の計算で済む話になる. 当たる領域の形が簡単なら三角形や多角形の面積計算になり,小学校以来の幾何に慣れていればできなくもないが,形が複雑になれば,積分計算が必要となる. ダーツを的の中心をめがけて投げたとして,ある程度近いところからでなければ当たりもしない. ある程度以上近ければほとんど的の中心に当たるだろうが,それでもずれが起こる.中心からのずれという誤差が問題になる.そこでのランダムさはとりあえず標準分布で考えることになる. となると,今度は積分が難しくなり,初等関数で積分ができなくなることにもなり,数値積分を考える必要もでてくる.
 身の回りにある確率の問題を考えるときには,どういう技法を使えば解けるのかはあらかじめわかることではらないから,とても難しい. 本書にはさまざまな状況が順不同に並んでいる. 著者に解けた順番なのだろうか.
 昔の本の問題を見つけて興味を持って解いたが,答が違ってしまって悩むこともある. そんなとき,自分の考えが絶対に正しいと確信するのは難しい.普通の数学ではめったに起こらないことである.
 幸いなことに,今はコンピュータがある.有限の場合の問題なら,どれほど難しい設定でも,きちんと状況が設定できれば,うまくプログラムして,走らせてみればよい. 信じる理論値と合ってる方が正しい理論である.
 本書ではMATLABを使っているが,少し手直しすれば,桁数の問題はあるが,BASICのような簡単な言語でも同じようなことをさせることは可能である. 理論とコンピュータのシミュレーションが合うのはとても気分のいいものである. 自分の考えたことを世界が保証してくれたような気分になる. まんざらでもないなあ,この世界も.逆にこの世界が愛おしくもなる.
 本書は流し読みでも楽しめる話題が満載で,それだけでも十分ではあるのだけれど,できれば,理論かコンピュータか,どちらかでは確かめながら,本書を読むことをお勧めする. 難しく考えることはない.何重にもというか,いろんなレベルで楽しめる本だという方がよいのかもしれない.
 しかし,完全に理解するには若干の微積分の復習が必要となる. 大学で習った時の教科書があるならそれを探し出して座右に置くとよい. たまたま無くした人のために,ハイラーヴァンナー『解析教程 下』(丸善出版)と,訳者の書いたものだが『積分と微分のはなし』(日本評論社)を紹介しておこう.歴史的な話題も豊富で,読みやすいと思う.
 確率についても,単なるお話しとしてではなく,多少はちゃんとした定義を知っておく方が本書を理解するのに役立つと思うので,小針哯宏 『確率・統計入門』(岩波書店)を紹介しておこう.

蟹江 幸博

三重県桑名市

2016年2月



トップ