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『実解析の助け舟』 訳者まえがき



 この本はプリンストン大学から出版されたライフセーバー・シリーズの一冊です. 表紙の丸い輪は浮き輪です.プールや海で遊ぶのに使う浮き輪ではなく,救命道具の浮き輪です.海で溺れそうになった人を助けるための浮き輪で,ライフセーバーの象徴として書かれています.
 本書を読むあなたは実解析の海で泳いているか,これから泳ごうという人でしょう. もしかすると,泳ごうとして溺れた人もいるかもしれません.
 大学での数学の躓きの石としてよく言われるものにε-δ論法があります. キチンと数学を教える日本の大学なら教養課程・共通教育での微積分の講義の中で教えることになっていますが,アメリカではまず実際の計算の課程「微積分」があって,その後の「実解析」の中で教えるようになっているようです. ライフセーバー・シリーズの中にも「微積分」がありますが,本書よりもかなり厚さのある本になっています.
 数学の体系の中では「実解析」は実変数の実数値関数の理論というもので,その後の複素解析やフーリエ級数・特殊関数などの理論の基になっています. だから,微積分の先に進むには必須なものです.しかし,計算の技法だけで進もうとすると,さまざまな落とし穴に陥るのです.
 プールで泳げれば海でも泳げます.より浮力がつくのだからより簡単に泳げるはずです.しかし,プールで溺れる人はめったにいませんが,海で溺れる人は少なくありません.だから,海水浴客の多い海岸ではライフセーバーがいるのです.
 海には波があります.その波は一定のものではありません.大きな波が来るかもしれないし,水温の低い水塊に遭遇して足が攣ったり,疲労で筋肉が動かなくなるかもしれない.眼に見えない離岸流にさらわれるかもしれない. そういうことはどんな数学の海でも起こりますが,実解析の海では体験していないと溺れるようなことが起こるのです. そういうことの代表がε-δ論法です.
 この本はそのためのライフセーバーなのです.助け舟なのです.浮き輪は,それにつかまって浮いているだけは泳げるようになりません. それを助けとして海でも泳げるようにならなければいけません.
 この本の中には4種類の
                   

というマークがあります.それをどのように使ってほしいと著者が思っているかが第1章に書いてありますが,その使い方は読者のあなた次第です.
 どうも著者は先生という役割ではなく,先輩という立場にいたいようです.大学の講義で教えられるだけではなかなか数学は身につきません.自分で考えないといけないのです.しかし,何をどう考えたらよいのかは,講義を聴いているだけはわかりません.
 実は訳者も大学1年の夏に,同級生何人かと微積分の担当教授に相談に行きました.たまたま1年のクラスの担任でもあったので,理学部数学科の先輩を紹介してもらえたのです.クラスの何人かと自主ゼミをして,その先輩にチューターをしてもらいました. この本の最後の文献に挙げた[3]の第2版を読むことになりました.この本のテーマの少し,というかだいぶ先の「函数解析」の入門書を読むことになったのです.交代で,本の中身を自分が教師役になって講義するわけです.その説明の仕方の間違っているところや不備なところを先輩が指摘してくれるのです. つまり,あからさまには教科書に書いてないことを説明しないといけないわけです.教科書の説明の足らないところや,自分たちの常識とはずれているところを説明するのです. これはとても勉強になりました.
 そういう先輩がしてくれたことをこの本はしてくれるわけです.マークをうまく使って,自分に足りないところや理解できているかどうかの確認ができるでしょう.
 分からないところがわかるようになる.なんとなくわかるというのではなく,人に説明できる程度にわかるとなって,まあ,7,8割のわかり方です.わかった(はずの)ことを踏まえて新しいことがわかるようになるまで行けば,それはもう,実解析だけでなく,ほかの数学の分野も,また数学以外の事柄も「わかる」スキルが得られるでしょう.
 ε-δ論法だけでなく,論理的に考える力が--ライフセーバーの助けを借りてでも--つくようなることがこのシリーズの本当の目的なのです.
 実はこの本の内容は,実解析の基礎部分の前半と言っていいくらいで,この本で学んだ論理的な議論の仕方や知識が本当に役に立つところまでは書かれていません.最後の文献に挙げた日本語の教科書は実はそれらを含んでいます. だから,だくさんの知識や技術が詰め込まれています.だから,多くの学生にとってはとても難しいもののように思えても,むしろ当然のことなのです. この本をマスターして,そういう教科書に挑戦してみてください.きっと楽しいと思いますよ.

  2019年9月

                        桑名にて
蟹江 幸博




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