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『代数入門』 序文


 代数が我々の物語のシンデレラであって欲しいと思っている. 学校本書では「学校」という言葉が何度もでてくる.大学入学前の教育機関のことであって,ロシアでは基本的には1つの教育体制である.専門教育であるべき大学に入学するまでに得ておくべき知識が,学校という名で一括して語られる. での数学の学習計画では,幾何学がずっとお気に入りの娘であった. 学校で学ぶ幾何学のレベルは全体としてほぼ,古代ギリシャで得られ,(紀元前3世紀に)ユークリッドによって『幾何学原論』にまとめられたものである. 長い間,幾何学はユークリッドに従って教えられてきたが,近ごろはそれを簡易化したものが出てきている. 幾何学のコースに色々な変更がなされたが,幾何学はユークリッドの影響を捨て切れず,ギリシャで起きた壮大な科学革命の性格を保ってきている. 「私は数学を職業に選ばなかったけれど,すべてを非常に単純かつ明白な主張から始め,少しずつより複雑な命題を厳密に導いていって,造りあげられていく幾何学のエレガントな体系の美しさを忘れることができない!」 と語る人に出会ったのは,一度や二度ではない.
 残念なことだが,代数に関して同じような評価をする人に出逢ったことがない. 学校における代数のコースは,役に立つ演算規則と,論理的に判断すること,それに対数表や電卓のような道具を使った演習問題からなる奇妙な混合物である. そのようなコースは,古代ギリシャに現れ,西ヨーロッパのルネサンスからへと繋がる発展の系譜の中にあるというより,古代エジプトやバビロニアで展開された種類の数学の精神に近いものである. しかしながら,代数学は,幾何学と同じように,基本的であり,深くかつ美しいものである. さらに,数学の現代的な分野で言うなら,学校における代数のコースは{\bf 幾つか}の分野,つまり代数,整数論,組合せ論,そして若干の確率論を含んでいる.
 本書の課題は,学校におけるコースで扱う範囲を余り外れない題材に基づいた数学の分野として,代数学の案内をすることである. 学生や教師向けに書いてはいるが,本書を教科書であると言うつもりはない. 本書の展開で想定されている知識はかなり少なく, 整数と分数と平方根の演算,文字式で括弧を外すなどの操作,それに不等式の性質である. これらすべての技術は9年生日本では,中学卒業程度と考えていいだろう.までに習うものである. 本書を読み進んでいくにつれて,数学的考察の複雑さが幾分かは増していく. 読者が題材を理解する助けとして,解いてもらうように簡単な問題を挙げておいた.
 題材は{\bf 数,多項式,集合}という3つの基本テーマに分類されていて,それぞれが数章にわたって展開され,いろいろのテーマの章が交互に現れる体裁になっている.
 本文で扱われる事柄には既に示されている以上のアイデアは使わないが,より複雑で,読者により多くの事実や定義を記憶していることを要求するような事柄もある. そういうような事柄は各章の付録としてまとめられ,それ以降の章では使っていない.
 本書で与えた主張の証明には,最短の証明ではなく「もっとも理解が容易になる」ような証明を選んだ. その理解しやすさは,証明すべき主張をより多くの概念や他の主張と結びつける証明になっているという点にある. そうすることによって,問題にしている分野の数学の構造の中で,その主張がどういう位置にあるかが明確になる. 後の方では時には,短い方の証明も演習問題として挙げることがある.
 数学と最初に出逢うとき,その発展の歴史は隠されてしまうことが多い. 数学が完璧な教科書の形で誕生したというように見えることさえある. 実際には,数え切れない数の学者たちが数千年にわたって努力をした結果として,数学は生まれたのである. 数学のそういう面を知って貰うために,巻末に,本書に登場した数学者(や物理学者)が生存していた年を挙げておいた.
 本書にはとても多くの公式がある. それを引用するために番号を付けた. もし公式の番号だけで引用したなら,その章の中の公式を表わしている. たとえば,第2章の中で「等式 $(16)$ に掛けたら,... が得られる」と言ったら, それは第2章の公式 (16) のことである. もし別の章の公式を指したかったら,例えば「第1章の公式(12) を使って」というように,章の番号も与えておく. 必要な章を見つけやすくするために,章の番号を左側のページの上に印刷してある. 定理と補題の番号は本書全体の通し番号である.
 数学教育と啓蒙のための財団,特にS.I.コマロフとV.M.イマイキンは原稿の作成に多大な援助をしてくれた. S.P.デムシュキンは原稿を通読し,多くの重要な注意をするという労を払ってくれた. 皆さんに心からなる感謝を捧げたい.

I.R.シャファレヴィッチ

モスクワ,2000年



英語版での追加:

 最後に,本書を英語に翻訳してくれたビル・エヴェレットに心からの感謝をする. 私は英語に関しては専門家ではないが,私が見たかぎり,英訳本の英語は美しいと思う. しかし確かに,彼は多くの間違いを教えてくれたし,質問してくれたことでいくつかの場所での説明が明白にできた.その点で,彼は本文を大いに改良してくれたのである.
 

I.R.シャファレヴィッチ

モスクワ,2002年



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