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直線と曲線 ハンディブック。
『直線と曲線 ハンディブック』
コーシカとともに−訳者前書きに代えて−
コーシカというのは子猫です.
そして多分,雌でしょう.
モスクワ大学の近くにツィルクという有名なサーカスがありますが,コーシカの飼い主はそのツィルクのピエロです.
ある日,コーシカは何に驚いたか,壁に立てかけてあった梯子に駆け上がって,降りられなくなってしまいました.
すると,梯子がゆっくりと床を滑り始めました.
子猫のコーシカは動くことができません.
梯子が滑っていくにつれ,コーシカのきらめく瞳は美しい曲線を描きました.
その曲線を求めることから本書は始まっています.
その他にも,ネズミが出入りする穴が3つ開いている壁の前で,コーシカはどこで待っているのが一番効率がいいかという問題があります(54ページ).本を開いて,コーシカは考えていますね.
皆さんも一緒に考えてください.
観光バスの中から乗客に宮殿を見せたい運転手が,宮殿の正面をできるだけ大きく見せるには何処に停めたらいいのか(59ページ)とか,また,監獄島なのでしょうか,小さな島に強力な回転するサーチライトがあって,その明かりで見つからないようにモーターボートで島に行き着くにはどのように接近したらよいか(55ページ)といった,
実際にも起こり得る(?)状況の中に現れる直線や曲線についての話題が,読者をぐんぐんとこの幾何の世界に引き込んでくれるでしょう.
本書の素材は,長年モスクワ大学と通信教育の中で著者たちが扱ってきたものを基にしています.
平面上に描かれる直線と曲線に関する応用上も重要な問題の多くは,微積分を使わずに解決することができるのです.
ここには,そうしたもののほとんどすべてがあります.
何でも書いてあるといってもいいくらいなのに,こんなにもコンパクトで,まさにハンディブックと呼ぶべきものになっています.
しかし,知識を羅列しただけのものにはなっていません.
著者たちの長年の経験から生み出されたものだからでしょう.
緩急があり,メリハリが効いていて,たとえて言えば,ツィルクでのピエロの\ruby{演目}{ショー}のようなある種のエンタテインメント風味があって,
随所に彼らの「芸」が感じられます.
時間がたっぷりあれば,著者たちの案内してくれる順序どおりに読み進んでいくのがよいでしょう.
いつの間にか,深く豊かで,しかも透明感のある光の中で直線と曲線の世界に親しむことができるでしょう.
時間があまりないとか,ほとんどのことは知っているから,知らないことだけを知りたいのだという方にも,ちゃんと気配りがされています.
付録Cには12通りもの学習コースが用意されていて,どれでも好きなコースで学ぶことができます.
また,時間ができたときに,違うコースで勉強することにしてください.
こんな学習法は,ユークリッド幾何の伝統的なカリキュラムでは不可能なことでした.
ユークリッドの『原論』に代表される多くの幾何学の教科書では,
定義があって,公理があり,そして厳密な三段論法を駆使して次々と命題を証明していき,いわば大建築物を造るように組み立てられています.
1本の釘を抜くことで建物が崩れることのあるように,1つの定理・命題も疎かにはできません.
ですから,それ以前のことを理解していない限り,途中から読み始めることができないのです.
知りたいことや思い出したいことがあっても,どこにその説明があるのか,その場所を探し出すことすら易しいことではありません.
また,探し出せたとしても,その事実が成り立つ根拠をはっきり理解するのは容易ではありません.
しかし本書は違います.
すべてが問題とその解法という,比較的独立な,言うならばモジュールの集まりになっているのです.
だから,さまざまに組み替えることもでき,
付録Cに挙げられている12通りのコース以外にも,目的に応じたコースを考えることができるでしょう.
もちろん,数学ですから,前提があって結論があるという,論理的な構造も持っています.
その土台となるのが,(第2章の)アルファベットです.
それは普通のアルファベットが文章の構成単位であるように,幾何学という建築物を組み立てるためのブロックや,グラフィックスを構成する基本要素といった,実際に使うことのできる道具・素材になっています.
著者たちはそれらを駆使して,直線や曲線が住む自然の探究という精神で幾何を取り扱っており,だから,それらの図形たちが生き生きと動き回るのです.
どうしても必要な予備知識と言えば,日本の中学校卒業程度のものがあれば十分で,いわば常識さえあればよいのです.
もちろんそれ以上の知識があっても困ることはありませんが,自分で考えることが何より大切なことであり,考えれば考えただけの深さと豊かさを本書は示してくれることでしょう.
本書が構想されていた頃のモスクワ大学は,世界最先端の純粋数学の教育・研究の場であると同時に,こうした具体的な理学・工学的応用に役立つ形での数学が提供されていたのです.
そこにはゆったりと数学の悠久の時が流れています.
せわしなくすら感じられる日本のカリキュラムからは落ちこぼれがちな内容ですが,コンピュータの発達により,グラフィックスやアニメーションの重要性が増しており,それらにも必要不可欠な知識と技能が本書にはたくさん盛り込まれています.
ハンディブックとして簡単に知りたいことを探すことを目的として使うこともできるし,ゆったりと数学の文化的サロンに身を浸すのもまた素晴らしいことです.
ここで,少しだけ個人的な感興を述べさせていただこうと思います.
これまでにも幾つかの本と関わってきましたが,本には命というか,幸と不幸とがあると,感じることがあります.
本が作られ世に出るときには,著者の思いと編集者の思いと読者の思いが交錯します.
ときには,作り手の論理と受け手の論理とのすれ違いも起こります.
企画したときに想定した読者に受け入れられず,初版だけで絶版になってしまう不幸な本もあれば,
思いがけない読者に支持され,数十年も再版され続ける幸せな本もあります.
よい本だからといって,多くの読者に受け入れられるとは限りません.
しかし,このコーシカブック(そう呼んでください)は不幸にはならないという予感がします.
コーシカブックには運がある.そう感じるのです.
訳者は数年前から,とくにモスクワ独立大学(MIU)に代表されるロシアの新しい数学啓蒙の動きを日本に紹介しようというプロジェクトを企画してきました.
その中間的な会議が2004年の秋の日本数学会の会合の際に持たれました.
北海道大学でのことでした.
当時MIUのスタッフでもあったプロジェクトのあるメンバーが,MIUの出版局から出版企画のための見本を数冊預かってきていて,
その中に本書があったのです.
訳者は一目で気に入ってしまいましたが,
出版できたとしても,それは先のことだろうと思っていました.
その翌日に不思議なことが起きたのです.
学会が開催されると,その都度,海外の数学書の取り次ぎ会社のブースが会場の一角にでき,
2つか3つくらいの教室が数学の本で一杯になります.
学会のときには,そこで新しい海外の数学書を眺めるのが,訳者の楽しみの1つになっています.
その日も書店のブースに入っていくと,旧知のある編集者がなぜか一心にある1冊の英語の本を見ているのに気づきました.
面白いのかなあ,とその本を覗きこんでびっくりしました.
なんと,昨日見た本書の英語版だったのです!
同じ本であることは,中の図を見れはすぐに分かります.
「その本,興味ありますか?」
ふっと目を上げた彼は「こりゃあ,面白い本ですな」と,本に目を戻しながら呟きました.
そこで前日入手していたロシア語の原本を見せて,「そうでしょう.こういう本は生ものだから,早く出してやらなきゃいけませんよね,\ldots{},で,興味ありますか?」
そのことが切っ掛けで,この本は生まれました.
本の中からコーシカが「僕はこの国に住みたい!」と言っているような気がしたものです.
コーシカの幸せは,ほとんど同時に,訳者と編集者の目に留まったことです.
もし,ブースでのこの日の出逢いがなければ,コーシカはまだまだ眠っていたかもしれません.
表紙のデザイン,本の装丁,本文中の図の描き直しなど,訳者がこれまで経験したことのない熱心さで,その編集者は動いてくれました.
コーシカの幸せというものです.
この文章を読んでいる貴方は,表紙のコーシカに惹かれて手に取ったのでしょうか?
それは読者の幸せというものです.
世の中にはたくさんの本がありますが,いい本にはなかなか巡りあうことはできません.
コーシカに出会ったこと,それが貴方の幸せです.
この本が滅多にないほどいい本であると,著者も訳者も編集者も思っています.
この本は何通りにも楽しめ,何通りもの喜びを与えてくれるはずです.
しかし,多くの読者に手にして貰って,初めて本は本となり,コーシカブックの幸せも完成します.
最後に,本書のロシア語原本と英語版との関係に触れておきましょう.
ロシア語の原本は1978年に初版が出版され,以来版を重ね,2004年には第5版が出ています.
英語版は,
ヴァシーリエフが亡くなった後,既にアメリカにいたV.グーテンマッヘルによって,2004年にBirkh\"auser社から出版されたものです.
またこれは,1980年にロシアで出版された英訳本を底本にしています(残念ながらこれには誤訳が含まれており,それは英語版でも引きずっているようです).
大きな違いは,英語の読者のために第8章が追加されたことですが,それ以外にも,叙述や問題,それに図においても数ヶ所の異同があります.
翻訳権の問題から,日本語訳では英語版を底本にしましたが,
異同のあるところでは,日本の読者にとって読みやすくすることと,情報量が多くなるようにということを念頭に,処理することにしました.
7章までの内容と8章とでは,テイストに際立った違いが見られます.
2人の著者の個性でもあったでしょうが,ロシアとアメリカの(読者)環境の差も大きいようです.
ロシアでは(モスクワではと言うべきかもしれませんが)本書の内容のすべてが数学の枠内のものと考えられているのに対して,アメリカではむしろ工学・IT関連の応用のための知識と見られているのでしょうか.
日本での教育・研究環境はアメリカに近いものがあります.
本書の本当の良さというものは,日本ではもしかすると理解されにくいかもしれません.
しかし,日本でも,常に応用を重視する姿勢を持ちながら,豊かで広く高い視野を持った数学の教育・研究環境が培われるようになって欲しいものです.
そのために本書が少しでも役に立ってくれることを,コーシカもまた願っていることでしょう.
2006年6月
蟹江幸博
桑名