Preface of 50 Visions of Mathematics MyBookのホーム『数学,それは宇宙の言葉』ホーム.

『数学,それは宇宙の言葉』 まえがき

編者の言葉



 神が整数を作り給い,それ以外の数学はすべて人の作りしものなり,という古い言葉がある1). それが正しいのであれば,50が造られたときに何が起こったのだろうか?  人間にとって,50には特別な意味があるようで,50歳の誕生日を祝うし,50年の金婚式を祝うし,50年目の節目となる記念日を盛大に祝ったりする. 50歳はまた,新しい挑戦をし,人生の再スタートを切ろうと多くの人が決意する年齢でもある. 50対50(五分五分)という語句は完璧に公平であることを意味している. そして,50パーセントは道半ばという,一定の達成感を覚える,と同時に来るべきものを予感させるものだ.
 本書は単に50という数と50であるという概念を褒め称えるだけでなく,つまり,数学の創造に携わった人々や,当たり前のように享受されている多くの事柄を支えている数学を祝うものである. 数学がわれわれの生活の隅々にまで関わっているいることに敬意を表し,今後に50年に数学とその応用がどのように発展していくのかを生き生きと語ろうというものである.
 50はもちろん数でもあり,数として特別な性質を持っている. 数学者にとって,50とは0でない2つの平方数の和に書く方法が,50 = 12 + 72 = 52 + 52と2つある最小の数であり,50 = 32 + 42 + 52と3つの連続した数の平方の和でもある. さらに,化学者にとっては,50個の核子からなる原子核を持つ原子がとくに安定であるという意味で,魔法の数である.
 本書を作ろうとしたもともとの動機は英国のIMA(Institute of Mathematics and its Applications, 数学とその応用研究所)が2014年に創立50周年を迎えることだったが,プロジェクトは広がってしまった. さらに,数学はこの50年の間に成熟してきたようである. 学校数学は,算術と代数と幾何だけのものから,集合,トポロジー,コンピュータ画像,さらに数学のさまざまな応用を重視する方向へと変遷してきた. この間,カオス理論,弦理論,ゲノム科学などの新しい科学的パラダイムの誕生があった. コンピュータ革命を経て今や,ほとんどの家庭には,50年前の世界中のすべてのコンピュータを合わせたよりも高い計算能力を持つコンピュータがある. デジタル時代にふさわしい新しい数学も生まれた. 巨大なデータベースが普及し,数学に基礎をおくインターネットの技術はわれわれの生活を完全に変えてしまった. そしてコンピュータによるモデル化によって,人体のゲノム情報のすべてや数千年にわたる地球の気候変動も数十億個の変数を使ってシミュレーションをすることができるようになった. この50年間の進歩を考えると,驚異の想いを持って,未来の数学とその応用が一体どのようになるのだろうかと考えずにはいられない.
 本書は,幅広い執筆者たちによる50のエッセイを集めたものである. トピックはなるべくバラエティに富むように選んで,数秘術のようなやさしいものから数学研究の最先端までを含んでいる. ひとつひとつの記事は,一気に読むことができるようにコンパクトで,多くの読者に理解していただけるように書いていただいた. けれども,執筆者には,必要な場合にまで記号や数式を使わないように依頼はしなかった. 数学が苦手だという読者もご心配はいらない.どのエッセイも,記号を読みとばしてもメッセージが伝わるように書かれている.
 執筆者の選びかたにはこれといった計画はなかった. 編集チーム(下記参照)の助けを借り,ブレインストーミングをして,われわれと数学に対するヴィジョンを共有できそうな一流の数学者のリストを作った. 大勢の方から執筆を引き受けるという返事をいただき,たいへん嬉しく思うとともに,恐れ多い気持ちにもなったが,最終的に50人を選ぶというのは難題であった. エッセイの中にはIMAが発行する雑誌Mathematics Todayやオンラインの優れた雑誌 Plus Magazineで既に発表された記事を本書用に手を入れてもらったものもある. また,Mathematics TodayPlus Magazineの両方でコンテストを行い,新しい執筆者をこのプロジェクトへ招待することにした. そこで選ばれた優秀作品を,すでに決まっていたエッセイの間に散りばめることにした.
執筆者にはおおざっぱにではあるが,以下の5つのカテゴリのどれかに入るようにテーマを選ぶようにお願いした. 1.この50年間に生まれたか活躍した数学や数学者(少しの例外ではこの期間は少しずれている),2.風変わりな数学,3.レクリエーション数学,4.現在発展途上の数学,5.数学の哲学および教育である. それぞれのエッセイは本格的な数学を味わう前の前菜の一品のように意図されているが,必要に応じて,メインディッシュに進めたいと思う読者のために次に読むとよい本が推薦されている.
 本書にはまた,最初に述べた50=32+42+52のような,50という数に関係するほかの数学も含めようと思った. さらに,3,4,5と言えば,32 + 42 = 52を連想する読者もいるだろう. (3; 4; 5)はピュタゴラスの定理が成り立つは最初の3つ組である.つまり,3,4,5は,その長さの辺を持つ直角三角形が存在するような最小の整数である.
 この50とピュタゴラスの定理の間にある繋がりから(それが細いことは認めるが),本書を通したテーマの1つとして,大きな3つのコラムという形で本書に入れさせてもらった. この不滅の定理の一連の証明を,さまざまな文学的スタイルで集めてみたのだ2). 読者(そして,このことを思いつくきっかけとなったレーモン・クノー3)には,このことを許してもらいたい.
 本書をまとめるに当たっては多くの人に協力いただいたことを感謝している. まず,IMA,特にデイヴィド・ヨーダンとロバート・マッケイとジョン・ミースンとIMA評議会員に感謝する. 最初はIMA創立50周年の記念式典用の小さなパンフレットとして企画されたものが,どんどん,どんどん膨らんでいく間もわたしをずっと信頼してくれた彼らに感謝する. 本書の販売によるすべての利益は,数学とその応用を推進し専門化するためのIMAの現在および未来の仕事を支援するために使われる.
 本書のすべての執筆者にも深く感謝している.彼らはこのプロジェクトの精神を完全に受け入れてくれ,印税を放棄し,無償でエッセイを書いてくれたのである. また,特にスティーブ・ハンブル,アーマー・ワディー,マリアンヌ・フライバーガー,ポール・グレンディニング,アラン・チャンプニーズ,レイチェル・トーマス,クリス・バッド,そして執筆者の推薦・連絡から原稿の校正まで,このプロジェクトのすべての段階で支援してくれたIMAメンバーからなる私的な編集委員会に感謝する. オックスフォード大学出版会のキース・マンスフィールドはなくてはならない存在で,普通に期待されるものを越えた貴重な存在であった. モーリス・マックスウィーニーを挙げておくのは,彼の法医学的技術がなければ本書の重要な部分が永遠に失われてしまったかもしれないからである. ニコラ・ブルバキにはその書き方のスタイルがわたしの仕事のやり方に影響を与えたことを感謝する. そして最後に,わたしの家族と犬のベンジーには,わたしがほかにもたくさん抱えていた業務をジャグリングしながら行っている間,50もの形の地獄を耐え忍ばねばならなかったことに感謝する.

  サム・パーク(Sam Parc):

数学と工学を学び,IMA(Institute of Mathematics and
its Applications, 数学と応用研究所)で数学の楽しみを
一般に伝えることに情熱を燃やす.新聞のコラムも執筆.



 1)[訳註]クロネッカーは実は「それ以外の数学」と限定したのではなく,「それ以外」とだけ言っている.その方が「数学」に広がりがあるというべきか,読者の考えに任せよう.
 2)[訳註]この部分は非常にイギリス的なテイストを持っていて,理解するにはイギリスの文学・芸術・哲学などの知識が必要であり,日本の読者に理解していただけるように訳すには註をつけ内で済ますことは不可能だった.註を付け始めれば,原文の数倍もかかりそうだった.しかも英語でのクロスワード,リメリックなどの表現形式を日本語で実現することはできそうになかった.苦労して訳しては見たが,日本語の読み物として読者に敬遠されるか,数学に対するだけでない疎外感を与えかねないと判断して,原著出版社に了解を取って割愛することにした.イギリス文化になじみのある方はぜひ原書を手に取って,そのエスプリに微笑むなり,腹を抱えて笑うなりしていただきたい.
 3)[訳註]フランスの詩人・小説家.ソルボンヌでは文学と数学を学ぶ.自らの創造の源泉として数学に関心があったことでも有名.フランス数学会員でもあり,『ヒルベルトによる文学の基礎付け』という著作もある.)

トップ