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『解析教程 新装版』 訳者あとがき



 本書は非常にユニークな構成になっています.
 ニュートン以前,微積分前史の第1章, ニュートンからオイラーまでの,無邪気で溌剌とした発展期の微積分の第2章, 19世紀末後半の解析学の基礎の反省に基づいて書き直された,謹厳な微積分の第3章, そして,第4章は,応用上も重要な多次元の微積分が20世紀の薫りに乗せて描かれています.
 特に第1章は,近代的な理論が生まれるまでの,数学自身の成長の記録になっています. 数学的概念自体が生まれ,成長していく様が,数学自体の論理によって自然に描かれています. 数学者はそこに立ち会う産婆のような役割で描かれ,数学の多くの概念の誕生に立ち合うような 臨場感を味わうことができます. ラテン語,フランス語,イタリア語,ドイツ語,オランダ語,英語で,創造者たちが, まるで知人のように語りかけます.
 図版も豊富です.本書の中に出てくる図の多くは,著者たちが計算機を使って作ったもので, 多様で興味深いものが多く,作ることを楽しんでいるようです. 例えば,図IV.2.4には「G.ワナーの馬」と呼んでもいいオリジナリティーがあります.
  演習問題がまた面白い. 問題のための問題でなく,数学が成長していく様を追体験できるような問題が多いのです. 訳者自身,問題の解答を考えるときに,オイラーの思考を追うことになり, 彼の偉大さに触れる思いをしたこともあります.
  著者たちは数値解析の専門家であって,理論ばかりでなく具体的な数値を求めることの重要性を 熟知しており,そのことが本書の叙述に深みを与えているといえるでしょう.
  本書の内容は実に豊かで,どこを取っても新鮮で,興味深い読み物になっていると同時に, 習得すべき技術や概念が余す所なく,かつ多面的に取り扱われています. それでいて,語り口はゆっくりしており,随所にジョークまでもが盛り込まれています. にも拘らず,ページ数から見ても,内容の豊かさに比べてコンパクトに仕上がっているのです.
  1997年の日本語版の上梓に際しては,原著にはない演習問題の解答をつけました. すべての問題に答を与えるだけでなく,内容に深みがある問題については詳しく解説をしてあります. 大量の引用文献にも日本語訳を付し,さらに登場する数学者たちに親近感を持っていただくため, 人名豆辞典とでも称すべき人名索引を作成しました.

  本書は,著者たちが様々な大学での講義経験を基に,何年もかけて練り上げたものです. したがって,大学における講義の教科書として,自信を持って推奨できるものです.
  もちろん,日本の大学の教科書ということでは,講義期間や対象学生の予備知識を考慮した上で, 使い方に多少の工夫は必要でしょう. しかし,上述のユニークな構成ゆえ,豊富な材料から取捨選択の仕方も多様なものが考えられますし, 後で述べるような理由で十分に自習可能なことから,もし時間が不足しても取り上げられない部分を自習に任すなど,いくらも工夫の仕様があります. 訳者自身,本書を何シーズンか講義で使ってみて,工夫次第で,対象に合わせることができるという確信を得ています.

  本書は,講義の教科書としてばかりではなく, 独学される方の教科書としても十分に使用可能です. 特に,この日本語版では,多彩な演習問題のすべてに解答を付してありますから, いわば,演習書としての要素も兼ね備えています.
  実際,訳者のホームページの掲示板には,以前に微積分を学んだときにはしっくりと理解できなかったが,本書によってもやもやが氷解したというような読者の声が寄せられたもあり, 独習書としても優れていることが実感されます.
  独習であれ,自習であれ,指導者なしに学習する際, 読んで行って壁にぶつかることがあると思います。 そのときには,そこで止め,少し時間をおいて、 もう一度,第1章から読んで行かれるとよいでしょう. 特に第1章は,読むたびに新しい発見があるでしょう.
  演習問題も,できれば,すべて解く努力をして下さい. 解答を見て,問題の深さに気づいて貰えることもあるでしょう. もちろん,訳者が与えたよりずっとよい解答を思いつくこともあるでしょう. もし,素晴らしい解答を発見したときには,ぜひ,訳者にお知らせください.

  初刷りから9年間が経ち,これまでに上巻は11刷り,下巻は9刷りを数えるまでになりましたが, 今回,出版社のお勧めで新版を出すことになりました. 訳者による演習問題III.2.6に解答を追加したこと以外には,内容に本質的な変更はありません.
  初版を作る際にお世話になった方々に改めて感謝の意を表すると共に, 本書が新版によって,より一層普及するようにと願っております.

2006年8月

蟹江 幸博