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『数学用語英和辞典』まえがき



まえがき凡例新訂版まえがき

まえがき

 本辞典は数学用語の英和辞典である.
 数学はいまや,多くの純粋数学,応用数学の分野にとどまらず,物理,化学などの理科系諸科学とそれらの応用としてのさまざまな工学,また経済学などの人文社会科学系諸科学とも強く結びついている. そのような中で数学との結びつきの強い分野が自立し,情報科学,統計学,保険数学,金融工学などとして大いに発展している.それらに関わる学術関係者,現場技術者,またそれらの人材を育成する教育に関わる部門,より深く理解するための歴史的知識など ,それぞれに特有の用語も数多くある. それらから,できる限り多数の用語を採録した.
  どのような分野で,どのような水準で使われるにしろ,数学用語と呼ばれるものにはきちんとした定義がある.本書に採録した用語の定義は本書では述べないが,定義されずに使われるものはない.定義されずに使われるものは数学用語ではないのである.
  現在の数学は多く,古代ギリシャでマテマティケーと呼ばれたものの子孫である. マティマティケーとは学ぶべきものであり,学ぶことのできるものであり,学ばなければ獲得できないもののことであった.人が手にした言葉の中で真に共有できるもの,それが数学用語である.
  「科学の女王にしてしもべたる数学」という言葉はそういうことを表している.諸科学が科学として自己を確立していくための必要不可欠な道具としての数学,諸科学を底支えする言葉(概念)を提供する数学,諸科学の発展と繁栄をともに享受する数学でもある.それらは既に純粋数学の中で用意されたものであることもあるし,真に人と共有できる概念に昇華したものは純粋数学としても扱えるようになるということでもある.
  そういう意味では,まだ数学用語にはなりきっていないものも本辞典の中にはある.なりかけの言葉,なりかけてもしかすると消えてしまうかもしれない言葉,昔そうであって今も人の心の奥底に残っている言葉も収録した.現時点で編者が知り得たほとんどあらゆる数学用語と数学に関連する用語が収録されている.
  数学用語は定義されてこそのものである以上,定義を知らずに使ってはならない. しかし,数学用語の数はあまりにも膨大であり,すべてに定義を与えることはこのような小冊子では不可能である. 精選するか可能な限りすべてとするか,という選択に迫られ,本辞典では定義することを止めた.
  しかし,定義するとは,それ以前にに定義された言葉を使って定義することになり,遡れば無定義術語にいたる. そしてそれらの無定義術語は何かしらの公理系によって,何であるかではなく,いかに振舞うかが規定される. つまり,数学用語の定義の厳密性は用語相互の関係性によって保証されるのである.
 数学用語は単なる単語であることは少ない.もちろん基本的な用語は単語であることが多いが,多くはいくつもの単語を組み合わせた複合語である. 本辞典では,あまりにも膨大な数の用語をコンパクトに収めるため,しかも用語を見つけることを容易にするため,また構成する単語から何重にも到達できるようにするため,見出し語と派生語とい う構成を取った. 見出し語は単語だけでなく,複合語であることも多い. 派生語の中で見出し語を ~で代用することでよりコンパクトに収めることができた. 辞書作成上の便 宜のためではあるが,慣れていけば案外な便利さを感じてもらえるのではないだろうか.
  見出し語によっては 100 を超える派生語がある.同じ語を含むそれらの用語には何ら かの関係があるということでもある. 調べたい概念がある語の派生語として載っていれば,類似の概念があることもわかるし,それらの概念に共通な何かとして,調べようとする用語のイメージが形成される.
  純粋数学を目指す学生諸君には,自分が学んでいる概念の様々な広がりや可能性を知ってもらいたい. 数学を道具として使っている研究者や実務関係者の方々には,ご自分の使っている概念が,数学的にどういう根拠や背景を持っているかを感じていただきたい. 編者は高校生の頃,大学ノートに自分用の科学用語辞典を作ったことがあった. これまでに,数学関連の英和辞典の編集に関わったことも,数学用語の公的訳語を選定するプロジェクトに関わったこともある. 辞書には「すべて」の言葉が入っていて欲しい,と編者は思っていた.それを実現できる機会を与えていただいた近代科学社には感謝している. 手に持てる大きさというのが,出版社側からのほとんど唯一の条件だった. そのためもあって,訳語は数学用語としてのものに限った.人名も,人名と組み合わさった複合語がある場合にのみ採録することにした. ただ,非英語国民の場合,英語での綴りからその人を想起できないこともあり,数学史上重要である数名の場合は例外とした.
  しかし,世に問う以上,ある時点でのものとするしかない. 編集者からの依頼を受けて,5 年以上が経った. 編者自身が関わった辞書やプロジェクトの報告書以外にも,多くの数学辞典や科学事典,定評ある数学の教科書,新興分野の教科書などからも用語を収集した. また,インターネットのさまざまなサイトも参考にした. 個別にあげることはしないが,感謝の意を表明しておく.
  用語を収集してゆきながら,数学の世界がいかに豊かであるかを,そして日々変化する生き物であることを感じている. 本辞典が世に受け入れられていく限り,用語の取捨選択を繰り返していきたいと考えている.

 2013 年 10 月

編者   蟹江 幸博



 
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凡例

I. 見出し語と派生語

  1. 見出し語は太字を用いて示し,見出し語に属する派生語は見出し語該当部分を「~」で示す.
      algebra の派生語 abstract ~は abstract algebra を表す.

  2. 見出し語は,単語のみでなく,数学用語として重要な複合語や接頭語,人名,記号なども取り上げている. 派生語はすべて数学用語であるが,見出し語はそれらをまとめるために便宜 的に採用されたものもある. 訳語が複数あげられている場合には,同じ概念が異なる履歴で日本語に訳された結果であることもあり,またそれぞれに異なる数学的概念であることもあ るし ,数学的概念と派生語をまとめるための共通語が併記されていることもある.

  3. 見出し語は原則的に,記号→アラビア数字→ギリシャ文字→ヘブライ文字→アルファベットの順に配列した. 派生語では,原則が崩れる場合があるが,読者からの見つけやすさを重視する並べ方にした. 例えば,C は ∞ 部分を無視して並べてある.

  4. 複数形でのみ使用される名詞は,複数形を見出しとした.
  5. 原則として品詞は記載しないが,語形が同じで品詞が異なる見出し語の場合のみ,訳語の前に品詞名を注記した.
      absolute [名]絶対形;[形] 絶対的な
      index  [名]指数,添数,指標([複]indices);[動]指数をつける,添字をつける.

  6. ハイフンの有無など ,表記が確定していない用語は,比較的多く示される形で示す.

  7. 訳語は数学用語,または数学関連用語のみをあげてあり,他の意味なり,語形変化などは通常の英和辞典を参照されたい.
  8. 数学用語ではないが,数学関連の文献に頻出する言葉がある. それらの中からも数学の理解に必要と思われるものを,見出し語として取り上げている.

II. 派生語の表記

  1. 見出し語がアラビア数字,ギリシャ文字,ラテン文字など ,1 文字の場合は,派生語の見出し部分を省略しない.

  2. 見出し語が複数の語から成るときは,語の数だけ「~」を示す. 「-」でつながれた語の場合,「-」は表示する.ただし ,「-」でつながれた語は,1 語として扱う.
       algebraic group の派生語 ~ ~ variety → algebraic group variety
      Runge--Kutta method の派生語 almost ~-~ ~→ almost Runge--Kutta method
      σ-algebra の派生語 topological ~→ topological σ-algebra

  3. 2 つの「~」の間に語がある場合は,その順に語が並んでいるものとする.
      Lie algebra の派生語 ~ super ~→ Lie super algebra

  4. 動詞の活用,複数形などで見出し語の語尾に変化がある場合,見出し語は「~」で置き換えるに留めた.
      singularity の派生語 principle of condensation of ~ies → principle of condensation of singularities

  5. 派生語によって,見出し語の先頭の文字が大文字であったり小文字であったりして,見出し語での表記と異なることもあるが,派生語としては見出し語を~で置き換える.

III. 人名

  1. 名前のうち姓を見出し語とし,それ以外はコンマの後に表記した. 原則として母国語での標準的な読み方をカタカナ表記したが,英語での読み方が流布していたり,日本語でのカタカナ表記が流布している場合,慣用に従うこともある. 日本やハンガリーなど ,母語によっては姓名の順に表記するものがあり,その場合にはコンマは付けていない. また,古代ギリシャ人やロシア人のような場合,英語表記の後ろにギリシャ語綴りやロシア語綴りをあげているが,その場合は見出し語を前にするのではなく,標準的な順序に書いてある.
      Abel, Niels Henrik
    アーベル,ニールス・エンリック
      Takagi Teiji 高木貞治
      Archimedes of Syracuse シラクサのアルキメデス[Aρχιμηδης]
      Kolmogorov, Andrei Nikolaevich (Андрей Николаевич Колмогоров) コルモゴロフ,アンドレイ・ニコラーエヴィッチ

  2. アメリカや西欧以外の出身者が,英独仏語で論文や著書を書いた場合に,色々な事情でラテン文字綴りが一定しない場合がある. 流布しているものの多い場合,混乱を避けるために,併記することがある.

  3. 原則として生没年と生没地を記している. 生没年月日について (  ) の中に異なる日付が示されている場合は,異説があって確定しにくいか,グリゴリウス暦とユリウス暦の日付けが併記されている場合かである.
     例:Abel, Niels Henrik アーベル,ニールス・エンリック[1802.8.5–1829.4.6(16):…].

IV. 記号

  1. †:「†」が肩についている派生語は,その語が見出し語としても掲載されていることを示す.
  2. 括弧
      (  ):補足,省略可,頭辞変形を示す.
      [  ]:品詞,外国語,置換え,複数形,コメントを示す.コメントには,人名の生没年,生没地なども含む.

  3. →:関連した用語であり,その見出し語を参照することを勧めている.

  4. ⇒,⇐:用語の変形,用語の由来を示す.

  5. ⇔:対義語を示す.

  6. =:同義語を示す.
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