Preface to Lines and Curves mybookのホーム『直線と曲線 ハンディブック』.

『直線と曲線 ハンディブック』 


まえがき

推薦のことば



「ねえ,公爵さま,いかがでございます.
ジェノヴァもルッカも,
今やボナパルト一族の
領地同然ではございませんか・・・」

トルストイ『戦争と平和』第1章

 トルストイの叙事詩的小説は,人間の経験の核心を切り開くことから始まります. 冒頭のモスクワ上流階級の夜会の場面で,登場人物たちを圧倒していくことになる当時の出来事が,彼らの意識に浸透し始める様子が描写されています.
 まさしくこの様に,『直線と曲線』の著者たちは,読者を直接に数学的経験へと投げ入れてきます. 始まるのは公理の集まりからでも,定義の一覧からでも,軌跡の概念の説明からでもありません. そうではなく,動いている梯子に座った猫という,単純ですが,現実的な議論がなされるのです. このことから,動点の軌跡に関する様々な問題が導かれます. 読者は,知らぬ間に,新しい観点から見た綜合幾何の古典的な結果に導かれ(11ページ), 伝統的な綜合幾何による解答がここで与えられているものよりずっと複雑に感じられるような新しい問題(13ページ)へと進み, さらには徐々に難しくなっていく数々の問題があります.
 第2章は,もう少し伝統的な始まり方をしているようです. 新しい問題を解くための道具箱(アルファベット)が与えられ,それと一緒に これらの道具を組み合わせる方法(論理的組み合わせ)と, 道具を応用する新しい文脈(最大と最小)も与えられます. 数学の構造が自然に解き明かされていき,読者の意識に,押し付けでなく,浸透していきます.
 これは扱う題材が簡単だということではなく,著者たちの技によって簡単なものになっているだけなのです. 難解な問題もあります. ときには,やっかいな計算や取り扱いの難しい式もあります. しかし,どういう場合でも,それ以前のページの結果を参照しながら注意深く考えていけば, より深い洞察,より一般的な結論,そして最後には非常に複雑な問題の解答が得られることになるのです.
  ゆっくり,そして自然に,数学の形式性が, その複雑さや効率性だけでなく,その有効性が納得されるようにして,浮かび上がっていきます. 実際に,巧みな説明によって,形式化することが議論の結果を表現する最も直観的な方法のようだとか, 非形式的な解析がより深い理解に到達するために必要な一歩にすぎないようだとか思えるようになっています. レベル曲線の議論がこのことの例で,それより前の章のアルファベットが,平面上定義された関数の言葉で再定式化されます. 読者は,「これは知っていたことだ! でも,どう言ったらいいか,やっとわかった」という思いにとらわれるでしょう.
  著者の手腕は,幅広い読者層に及んでいます. 初心者は,猫や指輪に優しく魅せられ,標準的な数学課程の題材(円錐曲線の解析的定義, レベル曲線と関数,三角形の高等幾何)へ導かれていきます. 経験ある読者は,著者が古典的な結果に関する新しい考え方を明らかにしていくにつれ,新しい見方で旧友に再会することになります. 専門家は,旧友たちの間の新しい関係と,古典的な結果の新しい考え方を発見することでしょう.
  そして同じ読者でも,これらの経験をどれも楽しむことができるでしょう. というのも,これは2回以上読むべき本であり,読者の進歩に応じ,読むたびに異なる風味の味わえる本だからです. 親愛なる読者の皆さん, たとえ初めて読むのであろうと,$n$回目に読むのであろうと,私と同じように,楽しんで本書に親しんでください.

マーク・サウル
ブロンクスヴィル高等学校(退職)
ニューヨーク市立大学
ゲイトウエイ校


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まえがき

 定義は,非常に重要なものです. 数学のあらゆる分野で,定義こそ我々が始める場所を教えてくれるものだし, 定義が適切であれば,そこから前進することが容易になります. 念入りに考えられた定義は,難解な概念を明瞭で理解可能なものに変えてくれることも多いし, 我々の直観を正確なものにしてもくれます. 例えば,直観的な円の概念も,固定点(中心)からの距離が等しい点の集合として定義すると,正確なものになります. このように,定義することで,図形は数学的な言葉に変換されるのです. 人によっては,良い定義は芸術ですらあるのです. 大数学者アレクサンドル・グロタンディエクは,かつて,こう書いています. 「12歳の頃・・・私は円の定義を聞いた. その単純さと明白な真実性は,印象的だった. 以前には,円の『完全な丸さ』という性質は,私にとって言葉を超越した神秘的な実在性をもつもののように思えていた. 私が「良い」数学的定義の創造的な能力をはじめて把握したのは・・・まさにその瞬間だった. ・・・そして,今日でも,このように強く私を魅了したものは,その力を何ら失っていないように思われる.」
 グロタンディエクの反応は,定義というものが「神秘的な」数学的アイデアを如何に単純化することができるかを強調するものです. 本書でも出てきますが,同じ数学用語が異なる仕方で定義されることもあります. 例えば円は,ある代数方程式によっても,動点の軌跡としても定義することができます. 倒れる梯子に座っている猫の軌跡について議論している序章の最初の問題に,円のこの2つの説明が出てきます. 本書を通して, 同じ幾何学的対象に対する複数の定義は極めて役に立つもので,最初から最後まで,適当な定義を選ぶことが本書の多くの問題を解く鍵になっています.
 本書『直線と曲線』は,問題の集まりからなる複数の章に分かれています. 各章は短い講義のように書かれており,例題には完全な解答がついています. 本書で意を注いだのは,動点が描く曲線の幾何学的性質,与えられた幾何学的拘束条件を満たす点の軌跡,そして 最大・最小値を求める問題です. 繰り返し何度も,幾何学的な形状を,空間における静止図形としてではなく, 点や曲線が動いているものとして考えることをします. 読者の皆さんには,回転する直線,動く円,点の軌跡といった文脈で問題を再定式化するという, この新しい照明のもとで幾何学を見て頂きたいのです. 実際,他の方法ではたいへん複雑になってしまう概念に対し,運動の言葉を使えば,直観的で直接的な証明を与えることができるようになります. 全部で200以上の問題があり,それらの問題が読者を,幾何学から現代数学の重要な分野へと誘います. こうした問題には初等的なものもあり,やっかいな問題もありますが,誰にとっても何か得るものがある筈です. 多くの問題には,ヒントや解答も付録で与えられています.
 本書は,Geometer's SketchpadR のような,点の軌跡を求めたり作図したりするための 対話型の教育用パッケージ・ソフトと併せて用いることもできます. 学生は,解答を通して勉強するだけではなく,同時に,鉛筆と紙,あるいは,いろいろなコンピュータ・ ツールを用いて,図を描くことができます. 実際,本書は,鉛筆と紙を手にして読むことにこそ意味があるのです. 読者は,本書に掲載された図を見るだけでなく,自分なりに図を描いてみなければいけません. 読者の皆さんが,図を描き,仮説を立て,答に到達するという,我々が行った各段階に参加して くれること,一言で言うなら,我々が経験したアプローチに参加して欲しいと,思っているのです. この第2版では,各節の内容に沿って学生が楽しんでくれるいろいろな描画を取り入れました. これらの描画は,描画とアニメーションに関する新たに追加した最終章に,まとめて再掲しておきました. これらの描画こそが,幾何学研究における経験的な見地の重要性を証拠立てているのです.
 本書全体を通して,少し特殊な記号を使っています. 多くの章で何度も登場する猫は本書の主人公で,いわば本書全体の象徴です. (自然のままで,猫は完璧な幾何学者なのです. 最適な位置を見つけるという問題$4.10$を考えてみてください. 猫は毎日,そういう現実の問題を解いているのです.) 疑問符 <?> は,置かれている場所に応じて,「演習問題として解け」,「確かめよ」,「なぜ正しいのか 考えよ」,「あなたにとって明白か?」などを表わします. 解答の始めと終わりを小さな白の四角 □ で挟んであります. また,問題文の後の矢印↓は,本書の後ろにある付録(答,ヒント,解答) に解答があることを示しています. 特に難しい問題は,問題番号の肩に星印を付けてあります. 読者は,すでに,ユークリッド幾何の基礎的事項には精通していると想定しているのですが, 念のために,役に立つ幾何学的事実と公式を,付録A, Bにまとめておきました. 最後の付録C(12通りの学習コース)では,本文の定理や概念を,明確化し拡張する助けとなるように, 問題をいくつかの学習コースにまとめ直したものを追加してあります.
 本書『直線と曲線\; 』は,I.M.ゲリファントの学際的な通信学校の,高校生向けの幾何の教科書が基になっていますが,その予備知識として基礎的な平面幾何と解析幾何を加えました. さらに,広範囲にわたる問題集と運動学に基づく独特な手法によって,本書は,大学学部レベルの幾何学や古典力学の副読本として高い評価を得ています.
 この新しく増改訂された英語版を,偉大なる友にして長年の同僚,共著者ニコライ・ヴァシーリエフに捧げます. 彼は1998年に亡くなりました. 彼と本書の執筆をしたことは,楽しい思い出になっています.
 I.M.ゲリファント博士には,その助言のお蔭でロシア語初版が改善されたことに対して,深い感謝を捧げます. 最初の原稿を読んでくれたI.M.ヤグロム, V.G.ボルチャンスキー,J.M.ラボットに,そして初版の図を作成してくれたT.I.クズネツォーヴァ, M.V.コレイチュク, V.B.ヤンキレフスキーにも謝意を表します.
 この新版については, ジョゼフ・ラボット,ヴァリー・フュールツォイク,ポール・ゾンターク,ガリー・リトヴィン,マーガレット・リトヴィン,アンジャン・クンドゥ, ユーリー・イオニン,ターニャ・イオニン,エリザベス・リープスン,ヴィクトール・スタインボク,セルゲイ・ブラトゥス,イリヤ・バラン, マイケル・パノフ,エウゲーニア・ソボレフ,サニエーエフ・チャウハン,オリガ・イトキン,オリガ・モスカ,レーナ・モスコヴィッチ, フィリップ・ルイス,ユーリー・デュドコ,ピエール・ロチャクの皆さんに助けて頂きました. グロタンディエクの引用句を(元のフランス語から)英語に訳してくれたのは,ピエール・ロチャクでした. これらの方々の助けに対して感謝しているだけでなく,彼らを友人と呼べることこそ幸せです.
 末筆ながら,Birkh\"auser社英語版の出版社 のスタッフ全員と,文章の改善に重要な寄与をしてくれた匿名の査読者に,お礼を述べさせて戴きます. 特に,本書の編集に骨を折って頂き,初めから終わりまで素晴らしい提案し続けてくれたアヴァンティ・アスリーナに感謝いたします. エリザベス・ローとジョン・シュピーゲルマンは本書製作上の大変な努力を, トム・グラッソとアン・コスタントはたゆまぬ支援と細部の検討をしてくれました. 彼らの協力なしでは,本書が日の目を見ることはなかっただろうと思います. 少なくとも,現在あるこの形では.

ヴィクトール・グーテンマッヘル
ボストン,マサチューセッツ
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