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解説『加法的整数論入門』序文
はじめに
この解説は元々ちょっとした附録のつもりで書き始めたものである.
しかし附録というのは,言うなら,本の後ろの余白の書き込みのようなもので,
フェルマーではないが,すべてを書くには狭すぎる.
定義,公理から積み上げていく方が簡潔で正確な記述になるが,厳密さを気にしすぎると,読者そっちのけで細かい議論に熱中することになる.
しかも,数学者は概してそれを楽しむ人種である.
すると却ってページ数が増す.
そこで,ページ数を睨みながら折り合いをつけることになる.
このため知識の少ない若い読者と,数学に慣れた読者とを同時に満足させることは至難の業である.この解説では前者に重点をおくことにした.これ以降の脚注は,若い読者のためのものであり,マニア・数学者読むべからずである.
記述は教科書風だが,気分は雑談風というスタイルで書いてみた.
それでもちょっとした本ほどの厚さになった.
読者としてはもちろん高校生諸君を対象としているが,そうでない人にも読んで欲しいと思っている.
考えている読者設定での予備知識は次のようなものである.
集合論と代数の初歩については既知とするが,
それらは元々ナイーヴな直観を定式化して厳密な議論に耐えるようにしたものなので,使われている記号を見ているうちに自然にわかってくると思う.
たとえ知らないためにそのときは分からないことがあっても,
余り気にしないで先に進んで欲しい.
整数についてのやさしい性質には慣れていることにする.
結局どれくらいの設定なんですかと編集者に訊かれて,「日本人なら子供の頃から風呂で数を数えてますよね.それができればいいんじゃないの」と答えた.しかし,まさかにそんなわけにはいかない.四則演算と集合と文字式の扱いが少し出来ればいいので,知識レベルとしては中学校1,2年くらいあればいい.しかし,指導要領にない項目が許されないというのでは雑談している気がしてこない.ざっとは高校生以上.そして,自分でものを考えるという楽しさを知っている人,または知りたいと思っている人が対象,ということにする.数学的成熟度というような意味不明なものは必要ない.好奇心と集中力は持っていて欲しいが.
一応,後の議論に必要な数の性質は第1章§1にまとめて置いた.そこを読んで上に書いたことと違うじゃないかという不満を持つ人もあるだろうが,そのまとめは誰もが持っている数に対する感覚を言葉にしたものにすぎない.分からなくても気にせず,先に進んでもよい.
偶数,奇数,素数,合成数,n 乗数などについてはどんなものかざっとわかっていればよい.必要なことは以下で述べて行く.
訳者まえがきに挙げた,完全数や友愛数については多くの本に書いてあるし,以下の議論の流れから離れているので省略する.
また,合同数についてもG.トス『数学名所案内:代数と幾何のきらめき 上』(1998)の附録Eを参照して貰うことにする.
第1章には自然数や整数に関する基礎知識をできるだけコンパクトにまとめてみた.
無限にある数のすべてに関して何かを言うためには,どうしても何かが要る.
その何かが数学的帰納法の原理である.
だから数学の到るところで,さまざまな形で使われている.
第1章§2ではそれをまとめてみた.
足し算も掛け算も,実はこれがないと定義すらできない.割り算はもちろんのことだ.
第2章では§1で,本文の中で証明が読者にゆだねられた,自然数の部分集合の密度についての命題の証明をした.
§2では,自然数の中でも特に興味を持たれる素数について,素数全体の作る部分集合は自然数の中で多いのかそれとも少ないのか,ということに関係した話題のうちで,簡単に証明できることを集めてみた.
第3章では,加法的整数論とよばれるもののうち初等的に示すことのできるものをまとめた.
自然数を,ある性質を持つ整数
例えば,素数,n乗数,n角数などはそれ自身興味深い対象であり,すべての自然数をそれらの数で表わすことにも強い関心を持ちつづけられている.
それがゴールドバッハの予想であり,ウェアリングの問題である.
n角数については19世紀に解かれてしまったので,問題自身に固有な名前はついていないが,歴史的にはむしろ一番長く懸案となっていたものであろう.
これらの問題を解くために作られた概念や条件を少し変えて新しい問題も作られて来た.
例えばピュタゴラス数の決定問題は「平方数はいつ2つの平方数の和に書けるか」という問題であり,フェルマーの最終定理は「n≧3に対して,n乗数は2つのn乗数の和に書けない」というものである.
の和で表そうというものである.
もちろんいくつ使って表してもいいというなら,1を並べればいいのであって,性質ごとにいくつまで使ってよいかを決めないといけない.
そのいくつまでという数をできるだけ少なくするというところに問題の難しさと面白さがある.
本文の中でいろいろな形で言及される事実の証明が欲しいと思って書き始めた解説だが,
事実の中には,今日でも初等的な証明が知られていないものも少なくない.
初等的ではあっても,構成が複雑すぎてここには書けないものもある.
事実として昔から知られていても,証明するとなると難しいことも多い.
その中で,すべての整数を3個の三角数の和で表す, n個のn角数の和で表す,平方数の和で表す,n乗数の和で表す,2つの素数の和,3つの素数の和で表す,というような問題を扱っている.
また附録として,数の表をつけておいた.
おおよそ10000までの,素数,平方数(=四角数),立方数,4乗数,三角数,五角数の表である.
本文や解説の中で述べられている命題を,表を使って具体的に確かめて欲しい.
機械的で詰まらぬことのように思うかもしれないが,やってみれば思いの外に楽しい作業である.
数の表で遊ぶ.なんと人間らしい営みだろう.
遊び方のほんの一例を表の前に書いておいた.
他の遊び方を見つけた読者は,知らせてほしい.
機会があれば紹介したいと思う.
第I章 整数の話
この章は,以下の章のための準備の章である.
そして§1は,第1章のための出発点を指定する,つまり,読者が何を知っていることにするかというためにある.
この解説を読みはじめるための予備知識なのだが,実は終わりの方まで理解できるような人でないと,本当には§1を理解できないかも知れない.
内容的には難しくはないのだが,耳慣れない数学用語が氾濫していて,とても難しく感じる人もいるだろう.
分からないと思っても,余り気にせず,先を読み進んで欲しい.
進むのに疲れたと感じたら,時々§1に戻って見て欲しい.
すると多分,§1に書いてあることが,戻ってみるたびに,だんだん何でもない当たり前のことに思えてくるはずだ.
そして,すべてすでに知っていたと思えるようになったら,本書のどの部分も独力で読みこなすだけの実力が付いていることになる.
ちゃんとした数学の本が読みにくいとすると,多くの場合,本の始めの部分が読みにくいせいだろう.
そして,読みやすくしようと思えば,たくさんの説明が必要になり,本当に面白い部分に出くわす前に息切れしてしまうことにもなりかねない.
まるで,これから始まる険しい数学山を登るための体力と気力があるかどうかのテストを,本の初めにおくようなものだ.
そういう言い方をするなら,ヒンチンの本文はロッククライミングするような難所なのかもしれない.
この解説でも,§1の予備知識を納得するまで書き込めば,数十ページにはなるだろう.
それでは書く方も息切れがする.
そこで逆に,できるだけコンパクトにまとめてみた.
つらい箇所は,一気に短時間で通り抜ける,というやり方だ.
コンパクトにすれば数学用語が氾濫する.
もともとそのために用語を使うのだから.
直接第3章が読める読者はそうすればよい.
実はむしろ予備知識を持たない読者の方が,そうした読み方をすべきなのかも知れない.
必要な知識なら,たとえば「定理1.6により」という形で,記述の中で引用してあるので,その時に初めて定理1.6を見ればよい.
もちろん,論理的には最初から順に読んで行くように書いてあるが.
多くの人にとって,§1に書いてあることが本当に理解されていれば,数の知識としてはそれで十分であって,§1は入り口であると同時にゴールでもある.
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