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新学習指導要領を読む(続き)



数学セミナー,1998年10月号

中馬 先月号では,教育課程審議会の「審議のまとめ」の4つのね
らいのうち,「君が代」の強化と新しく導入された総合学習のこと
だけしか話せませんでした.残りの2つは,基礎・基本の確実な定
着と個性を生かす教育の充実と,特色ある学校作りのための教育課
程の大綱化でしたか.
蟹江 基礎・基本の定着と個性を生かす教育というのはセットにで
きるんですか? セットにしたら虻蜂取らずになるでしょう.それ
ともどっちかにウェイトがあるのかな.
黒木 セットではなく並列という書き方です。基礎・基本の徹底の
方策としては,教科内容の厳選しか見あたりません。
 徹底と言うからには,たとえば1クラスの子供の数を減らすとい
うような制度的なことがあってもいいのですが,一言もありません。
 内容を厳選することで時間減に対処するといっても,教える分量
を減らしたからといって子どもの理解が深まるというものではなく,
背景説明や補足説明をする時間がなくなり,つまづきを見つけても
修復する余裕がなくなるでしょうね。
中馬 そうですね。まず、先生の数を大幅に増やして,1クラスの
児童数を20人にするとかしてくれませんかね。
 何が基礎・基本かという議論は難しくて,以前にも議論されたこ
とがありましたが,結局うやむやになりました。今回は,徹底だと
言っていながら、かなりの基礎・基本を切り捨てていますね。
黒木 その一方で「個性を生かす教育」の方策なのか,小学校高学
年からはその興味・関心に従って,選択能力の育成を重視した課題
選択の導入を薦めています。
蟹江 「基礎・基本」の徹底を普通に考えれば、内容を厳選して時
間をかけてゆっくり教えるということになるが,実際には,減らし
た内容に対応して時間数を削減するだけ.こんな誰にも分かる嘘を,
文章を飾って錯覚させている.騙される方も騙される方だが。
黒木 個性化を選択課題の導入に結びつける発想はあまりにも短絡
的です.内容厳選の補足として,選択課題という名で時間の枠だけ
をとって,自由に内容を選んでよいことになっていますが,これで
は単なる抜け道だとしか思えないですね。
蟹江 課題選択を主流にすれば、教師は全部の児童・生徒を同時に
指導することはできない.指導をしない教育というのも在り方とし
ては間違っているわけじゃないけれど、個人授業に近い状態でない
ととても無理。今の体制のままでは教師の時間的・精神的余裕のな
さのために、子供たちは勝手なことを始めることになってしまいそ
うだ。といって,全体を1つの方向で「課題選択」させようとすれ
ば,テーマと相性の悪い子供も出やすくなって、かえって学習困難
児を増やすことになるのが心配になる。
中馬 実際,学ぶことを忌避している子供がかなりいるのですよ.
「忌避するのも個性」、「できないことも個性」ということになら
ずに済むのでしょうか。
 選択とか総合、そして個性化.指導する教師がスーパーマンとい
うのでしょうか? 学校の窓ガラスを叩き割ると気分がいいからと
いって生徒にそれを認めるわけにはいかないでしょう。児童・生徒
に好き勝手なことをさせるのでは,学校ではありません。一人一人
が別々に好きなことを勉強したいというなら,教師も専門性に余裕
を持たせることができるだけの人数が欲しいでしょう.でも,定員
を削減されて余裕のない現有の人員で行わなければならないのです。
教師は教育する以外の仕事が益々増えて、本当に忙しい日々を送っ
ているのです.
蟹江 教師の立場で,という中馬さんの持論だね。
 この辺で,大綱化の方の話にしましょう。実は,この大綱化とい
うのが何なのか分からなくて,ずっと気になってたんだ.辞書を引
いて見ると「大綱」というのは文字どおりの「大きな綱」か,これ
から派生した「大本」くらい。大枠の規制しかしないから,後は現
場で適当にやってよいというのが言葉自体の意味か.これは参った
ね。現実的には大綱化という名目で極端な制度改変を強制されて困
っている。だから大綱化なんて耳慣れない言葉を持ちこんだのか。
黒木 いや,いつものことですよ.ちょっと前のことですが,大学設
置基準の大綱化があって,一般教育の単位数や開講科目数が減らさ
れ,担当組織としての教養部も編成替えを迫られて,教養部という
組織が消滅しました.一方で,大学教員の資格基準も緩やかになり,
社会人などのキャリアーが任用されやすくなった.その結果,私立
大学は運営がやりやすくなったと言われます.ところが,オウムの
事件以後,教養教育の重要さに気づいたせいか,その後,文部省が
教養の単位数を厳しくいうようになった.でも,覆水は盆に返らず
です.
蟹江 思い出しても腹が立つよね。その上今は,学部改組のためと
はいえ,書類作りと会議で忙しいようで,ストレスがたまってるの
が顔つきに出てるよ。ストレスを掛けつづけると,ハツカネズミも
癌になりやすくなるって実験もある.....
黒木 人を勝手に病気にしないでくれ。
 大綱化によって,選択科目の導入と選択の授業時間の上限の緩和
や集中指導を認める方向性を出しています。選択科目の導入は,総
合学習とは異なります。総合学習は,正式な科目名であり必修科目
ですが,選択科目は枠組みの設定です。義務教育の精神が変質しか
ねない問題を含んでいます。
中馬 今まで以上に,効率的な方向へ走るようにならないかが心配
です。選択という名目で子どもや生徒が選別されないでしょうか。
神戸の中学生の事件は特殊に思えますが,報道されない,子どもた
ちの事件が結構起きています。これ以上の効率化がされたらどうな
るでしょうか。審議会の方々は,一年間ぐらいじっくり,できれば
お忍びで現場を観察されてから,その分析を踏まえた上で議論をし
ていただきたかったですね。
黒木 この大綱化のもう一つの大きな狙いは,学校の個性化という
ところにあるように思えます。これまでの学校教育は画一的で個性
がないので,特色ある教育活動をせよといっているわけですから。
そのために,授業時間数等の弾力化などをうたっているわけですが,
他の学校との違いを意識するあまり,選択学習や総合学習にウェイ
トがかかり,基本的な学習が変質しかねない。義務的な学校に対し
て,その個性という観点からの外部評価がなされるとすれば,結局
は子どもたちが犠牲になるのではないでしょうか。
蟹江 「学校=公教育」でないということにするのかな.学校によ
って内容が違ってよいとなって,さて,違ったらどうなるか。
 一般の公立校ではどれほどの差を作れるだろうか。まあ,校長が
変るたびに猫の目のように変るか,逆に誰が校長でも変らないよう
になるかのどっちかだ。しかし,「良い」私立校なら,建学の理念
を言い立てて,特色のある、一貫した教育方針を建てることができ
る。小学校段階から私学が増えていき,公教育は崩壊する。可能性
のないシナリオじゃないね。
中馬 学校の選別がおきますね。先生たちは教育どころじゃなくな
りますよ。学校の外面を良くするのに必死になるでしょう。少子化
の時代を迎えて,学校の民営化という流れですか。
黒木 ところで,最近出た大学審議会の中間まとめをみましたか?
 そのサブタイトルに「なんと陳腐な!」と自分の目を疑ったので
すが,「競争的環境の中で個性が輝く大学」となっています。この
競争主義を小・中学校の個性化ということと併せて考えるならば,
学校教育への競争主義の原理の導入が,21世紀の学校活性化の方
向性に思えます。教師や子どもを競争に駆り立てるのが,「ゆとり
の教育」や「個性が輝く教育」なのですかね。大綱化の個別的な問
題はともかくも,この根本的な方向性が違っているとしか思えませ
んね.