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数学教育タスク・フォースって?



数学セミナー,1998年12月号




01中馬 数学教育タスク・フォースご苦労様でした。前回の名古屋大
学での会と比較すると高校の先生の参加が多かったですね。ところ
で,タスク・フォースについて知らない方もおられると思うので,
少し説明してください。
蟹江 これまでは数学者の有志と高校の先生との間で数学教育の問
題点を話し合う会を,日本数学会の大会の最後の日か翌日に,開催
地で開いてきました。公開にしていなかったので知らない人も多い
でしょうね。最初は去年の秋の東大の学会のときでした。京大の上
野健爾氏と東大の岡本和夫氏の呼び掛けで,2日続きの集会が開か
れ,「高校・大学の数学教育」を巡って,熱の籠った議論がなされ
ました.2回目は今年の春に名古屋でありましたが,議論の内容は
1回目の繰り返しのようなものが多くなりました。そこで,もう少
し具体的な行動を伴った会にしたいということで,会の名称もTF
(タスク・フォース)になりました。
中馬TFというのはどういう意味ですか? 辞書で引けば米軍の
機動部隊とか英国の特別捜査隊とかが載っていますが。
蟹江 まあ,そういう意味です.臨機応変に必要なことをただちに
行うというニュアンスかな.この名前は横浜国大の根上生也氏の提
案でした.秋の大阪の学会の際の活動について議論したのは,ちょ
うど新指導要領の中間まとめの出た頃で,皆怒ってたんでね,「こ
の指導要領で数学教育は可能か」という公開討論にしようというこ
とになったんです。阪大はアクセスが不便なので、といって大阪の
目抜きの場所に会場を借りる金もなし,いっそ京大がいいだろうと
いうことになったわけです.
 やってみての感想だけど、高校のカリキュラムについては、前回
コア・オプション制の導入という枠組みの大幅な変更があって不満
が出てたけど,その枠組み自体を変えようという機運が盛り上がっ
ているようにも今は見えない。かといって,総合的な学習や数学基
礎などの新しい点についても認識が共通にならなくて、焦点がボ
ケて,盛り上がりに欠けるところはあったね。
黒木 むしろ,今の指導要領を実施してきた高校の側から実際上の
問題点を報告してもらって,大学側としては,そのカリキュラムで
入学してきた1〜2回生の様子を報告するという方が良かったかな
と思いました。私は,新指導要領に関する基調報告をしたわけだけ
ど,このような制度は誰に責任を負っているのだろうかと思います
ね。というのも,今回の教育課程審議会の基調の「ゆとり」とか
「生きる力」は,初めて言い出したことではないし,詰め込み型の
授業が子どもを圧迫しているという指摘も昔からあるわけです。答
申では,子供達のおかれた状況が,その都度,指摘は的確にされな
がら,10年たっても,20年たっても何も変わらない。いや,そ
れどころか,子供達の問題行動はどんどん広がっています。どう考
えても,問題点の原因追求と改善への手だてが本格的になされてい
るとは考えにくい。その意味では,今の制度は無駄ですね。
中馬 いや,むしろマイナス面の方が大きいのではないでしょうか。
指導要領が改訂されれば,現場では各教科がその対応に追われる。
小学校・中学校を通して9年間だから,問題が噴出する頃には,次
の指導要領の1サイクルが始まる。落ちついて指導の問題点や子ど
もの問題行動を追求している暇がない。だから,問題点は,後へ後へ
と送られているに過ぎないわけで,利子がついて膨れ上がる。数学
などはそれが顕著ですよ。
蟹江 それと,教えられる教科間の比重という問題もあるね。今で
も「読み,書き,計算」の3R'sが基本で,変わるはずもないと思っ
ているのですが,どの教科も平等に教えなければならないという主
張の,教科エゴが出てくる。その平等主義のためか,今回の指導要
領の改訂では,中学校数学の時間が削られたが,中学校の基礎・基本
はまさにそれから先の数学の基礎となる大事な部分で,大問題なん
だよね。
黒木 今の子どもは高校に来る段階で,かなり選別されてしまって
いるわけです。普通科高校の中でも,授業もまともに成り立たない
高校から,大学に進学する生徒が中心の高校までの序列があり,職
業科高校でも序列がある。そして,その序列の大きな一翼を中学校
の数学が握っている.中学校は義務教育としての,共通の基礎・基
本が充分につけられることを目指すべきだが,実状はそうなってな
い.高校に来れば,1年から選択制になっていて,もはや同じ内容
での授業すら用意されてないわけで,格差はますます拡大する。中
学校数学が,国民的教養の水準ということになるが,その水準すら,
一様でなくなりますね。
中馬 いま,高校進学率は97%です。その約半分が大学に進学し,
残りの半分は大学に進学しないから,今のような数学はいらないと
いう意味で,前回の改訂から,コア・オプション方式が出てきてい
るような気がするんですね。その評価はまだ出ていないが,今回は,
新しく「数学基礎」が登場してきた。これが,今回のTFではかな
り議論になりましたね。昔の指導要領の「一般数学」を思い出しま
す。この教科書は,私が習っていた頃,ほとんど使われなかったと
思います。いま,このような科目を導入するというのは数学離れが
多くなっていることの現れですね。大学に進学する者でも,高等数
学なんかまるで必要としない大学の学科もかなりあるはずです。そ
のような生徒は数学を覗くだけでもいいと思います。数学の先生方
は数学嫌いの生徒・学生にも数学の必要性とか面白さを真剣に教え
てあげるように,しっかりと教材開発をすべきと思います。
黒木 そこなんだよね。高校の先生方は,良い悪いは別にして,数学
へのノスタルジーが強いからね。大阪の高校の先生の研究会では,
自分達流の指導要領を作り,中でも「数学基礎」の内容はずいぶ
ん検討されて,「数学T」と平行して,「基礎」を盛るというこ
とでしたね。ただ,数学嫌いがこれほど増えている中で,大阪の先
生方の案をどのように実現していくかが気になりました。答申の内
容での「数学基礎」はあってもいいと思うんですが,数学はどうし
ても劣等感と結びつきやすい。したがって,その選択が劣等感と結
びつかず,数学への意欲・関心が高まればの話しです。どうしても,
今の延長でというのならば,数学T,U,Vという系統性と同じく
らいの価値を持ち,中学校数学を前提にしたもっと内容の広がりを
もつ数学をいくつか用意すべきではないかと思います。
蟹江 やる気が無い生徒はほっとけば良いとか,入試に必要のない
生徒はほかの勉強をしていればよいというような「物分りの良い先
生」ではいけないね。少なくとも教育に携わる者は,全児童・生徒
・学生に数学を教えたいという気持ちが大事だと思うな。
中馬 教育学部出身の教師はそういう態度で教育に臨んでいると私
は信じていますが・・・。
黒木 私は,各地で,大阪のようなプランが発表されればいいと思
うんですね。それでそのどれが,いまの実状に沿って実現可能なこ
となのかを全国で検討会をしてみればいいと思うんです。つまり,
シャドウ指導要領というのを作ったらいい。現場の教師がいちばん
実状を知っているわけでしょう。指導要領を全国で一本化する必要
はないし,地域ごとに実情に合わせた独自のプランをやってみるし
かないと思うんですね。ブロックによって違ったプランを採用して
もいいと思うんです。
蟹江 シャドウ指導要領というのはアイデアとしては面白いね。イ
ンターネットのホームページを活用して,色んな方面からの意見を
拾いながら纏めることができれば,いいものができるかもしれない。
当然,教科書も作る・・・これは大変だよ。
中馬 自分達が考える数学教育をもとに教科書を作り,生徒を指導
すべきだと私も考えます。むしろ文部省の指導要領に影響を与える
ような教科書の作成こそ大事だと思います。TFの今後に期待した
いですね。