Preface to "Huygens and Barrow, Newton and Hooke" MyBookのホーム『数理解析のパイオニアたち』.

『数理解析のパイオニアたち』
 はじめに



ホイヘンスバローニュートンフック

 1987年は,現代の理論物理学全体の礎[いしずえ]を固めた書,ニュートンの『プリンキピア』出版の300周年にあたる. 理論物理学はこの書物から始まったと言って間違いではない. ほとんど同じ時期に数理解析も生まれている. 解析に関する最初の出版は1684年であるが,それは自分のこの分野での発見を公表しなかったニュートンによるものではなく,ライプニッツによるものである.
『プリンキピア』の内容について話すとき ([原註]本書は,モスクワ数学会の学生講演シリーズの幕開けにあたって行った,1986年2月25日の講演に加筆したものである.この講義のノートをとってくれたA.Yu.ヴァイントロブに,また有益な注意をしてくれたV.L.ギンスブルグ,A.P.ユシェケヴィッチ,G.K.ミハイロフにも感謝する. 「数理科学の300年」(プリローダ),1987, No.8, pp.5-15)と「ケプラーの第2法則とアーベル積分のトポロジー」(クヴァント),1987, No.12, pp.17-21)の2論文からの素材も補充した.
 著者が,時間とその神秘に関する1988年度のジェイムズ・アーサー講義(その一部を本書に組み入れた)を行ったニューヨーク大学の歓待に感謝し,またその講義のためにコンピュータ・グラフィックスの図(一部は本書で用いている)を作成してくれたジョン・H.ローエンシュタインの助力に感謝する.
 [訳註]プリローダとクヴァントは共に,ソ連時代から発行されている科学啓蒙雑誌である.)
この書物がどのように書かれたか,何から生まれたか,どんな問題が解かれたか,解析学はいつそして何のために創られたのか,またなぜそう呼ばれるのか,そしてその基本的なアイデアがどこからきたのか,たとえば,なぜ解析学では関数などについて語るのか,を考えるべきだろう.
 これらすべての疑問は,きらめく数学者のスター集団が活躍していた,17世紀末のニュートンの時代に関係している. それ以降の数学の発展は彼らの業績の完全な影響下にあり,そのためにその時代の壮大な発見は,我々には,実際にそうであるより身近なものに感じられるのである. このような数学者には,ニュートンとライプニッツの先行者であるデカルトパスカルフェルマーや,少し後で仕事をしたヨハン・ベルヌーイのようなよく知られた人々がいるが,それ以外にも,ニュートンの直接の前任者であり教師でもあったバローと,ニュートンやライプニッツと同じ問題を解きながら,いつも幾分彼らを凌駕していたが解析学を全く使わなかったホイヘンスに触れなければならない.
 ホイヘンスの数学上の発見は,奇妙な運命をたどることになる. その多くは解析学にとり入れられていくが,彼の存命中でなく,ずっと後に,主に他の数学者の手によってなされるのである(たとえば,100年以上の後に活躍したハミルトンによって). これらの結果は今や,シンプレクティック幾何学,変分法,最適制御,特異点理論,カタストロフ理論などの形で,科学の一分野になっている. 今になって我々はそのいくつかに気づいているのである. たとえば最近明らかになってきたことだが(ブルバキセミナーのベネクァンの講義([原註]この種の肩付きの数字については,本書の最後にある「ノート」を見ること.)を参照),ヨハン・ベルヌーイの講義に基づいてロピタルが書いた史上初の解析学の教科書には,コクセター群 H3(正20面体の対称面に関する鏡映によって生成された群)の非正則な軌道のなす多様体に関する表示が見られる. この表示は正20面体の対称性の群に関係したものでなく,むしろ変曲点での平面曲線の伸開線の研究や,ホイヘンスの研究に非常に近い研究(彼自身が完成していたかも知れない,それでもおそらく最初に出版したのはロピタルである)の成果のように見える. 正20面体と縮閉線や伸開線の特異点の関係に関する最近の研究において描かれるイラストは,現代の数学者によって得られたものだが,それも難かしくなかった訳でもなく,コンピュータの助けさえ借りて得られたものだが,その当時すでに知られていたと言うべきだろう.
 後で伸開線には戻ってくるとして,今はニュートンの『プリンキピア』の歴史とこの本の主な部分の内容について話そう. 本質的には,この本はたった1つの問題を解くために書かれた. もちろん,いわゆるニュートンの3法則や他の話題も多く含んでいるが,それでもこの1つの問題の解を示すためにだけ,実際に1年以内に書き上げられたのだ. その問題とはつまり,引力の中心からの距離の2乗に反比例する力場における運動の問題である.
 物語の最初の部分は,この問題がどこからきたのか,なぜニュートンはそれをとりあげたのか,そして彼は何を証明したのか,正確に言えば,この方向で何を証明したのか,ということに関する歴史である. これはニュートンとフックの物語である.



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