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『数学名所案内 上下』 著者まえがき
グリンプス(Glimpse):
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1. 非常に少しの間ちらっと見えたり,
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見たりすること.
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2. 瞬間的に,または微かに見えること.
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3.漠然としたこと,ほのめかし.
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−ランダムハウス・カレッジ辞典−
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1995年の秋,(ラトガース大学カムデン・キャンパスの)8角形の食堂で,
尊敬する友人であり同僚でもあるハワード・ジャコボヴィッツと話をしているとき,
学部学生と大学院生との間を滑らかにつないでやるような「ブリッジ・コース(橋渡しの教科)」のアイデアが浮かんだのです.
このようなコースは明らかに,1つの話題だけを扱うわけにはいかず,
多くの数学の分野を拾い読みするようにすべきです.
ですから,そのようなグリンプスに対してどんな話題を選ぶのかということが極めて重要なことになります.
このレベルでは,数論,古典幾何,現代代数は容易に説明はできるが,
ときに微妙でもある関わり方で,非常に深く相互に関係しあっているのです.
これら数学の諸分野の,豊かで魅惑的でときにはまごつくほどこみ入った相互関係が,
普通の大きさの大学の教科書の中で見うけられることはめったにありません.
本書のグリンプスは,このギャップを埋めようとする慎ましい努力の成果になっています.
分野の間の関係は,本文の中ではいろいろなレベルで現われてきます.
それらは,ときには有理性と楕円曲線(第3節)のような主要なトピックスであったり,
ときにはユークリッド等長変換の対角化の球面幾何的証明(第16節問題1,2)や
凸多面体に関するオイラーの定理の線形代数を使った証明(第19節問題9)のように,
問題の中に隠れていたりしています.
経験ある読者なら疑いもなく気づくことですが,本文の中で幾度も登場の機会があるにも拘わらず,
解析学は除外されていたり最小限に切り詰められていたりしています.
実際,本文の最初のバージョンを作っていたあの激しい8週間の間の最大の難点は,
絶え間なく,各節の大きさを切り落とすことであり,議論を短くすることでした.
さらに,幾何的な証明と代数的な証明を比べると,
幾何的な証明の方がより長いことが多いのですが,ほとんどいつも,より啓発的で,
そのためより望ましいものです.
幾分かのオリジナリティを求める努力のため,時折り,
解析に少し踏み込むという「犠牲を払う」ことさえして,
通常の証明から補充することもありました.
私にとって,「ブリッジ・コース」とは,
数論や幾何の古代の問題を解くための最初に記録された知的な試みと,
20世紀数学との間の連関のいくつかに,
光明を投じたいということも意味していました.
回り道や脇道を無視すれば,注意深い読者には,3000年もの長さになることもある,
一連の議論のつながりがわかるでしょう.
この連続性を保つために,私は結局本書(グリンプス)では,
この大きさの本では普通するように,
章立てをしてばらばらにはしないと決心しました.
それでも,本文は,
読者の持っている知識レベルの多様さに応じたサブテキストに分かれています.
大まかに
$\clubsuit$ 大学での代数学
$\diamondsuit$ 微積分学,線形代数
$\heartsuit$ 数論,(初等的な)現代代数学,幾何学
$\spadesuit$ (高度な)現代代数学,トポロジー,複素変数
に対応する4つのレベルを示すために,
ブリッジ・ゲームのカードの印 $\clubsuit$, $\diamondsuit$, $\heartsuit$, $\spadesuit$ を使うことにしました.[日本語のフォントにないので,LaTeX の言葉で書いてありますが,トランプのスーツのことです.]
$\heartsuit$ や $\spadesuit$ は最初に読むときは飛ばしてもよいのですが,読者は,
ときにはこれらの領域に勇気を持って踏み込む挑戦をして欲しいものです.
本書は,
(1) 数学が道具のセット(ときにはそのように解析学を教えていますが)以上のものであることを学びたいと思っている学生($\clubsuit$ と $\diamondsuit$)と,(2) 数学を愛する学生($\heartsuit$ と $\spadesuit$)と,(3) 数学に強い興味を持っているが専門性を追求する時間のとれない高等学校の教師($\subset \{ \clubsuit, \diamondsuit, \heartsuit, \spadesuit\}$)のために書かれています.
これまでに私が書いたものを読むと,1つの点を明確にしておかないといけないことに気づきます.
微妙な議論を飛ばしたり,長さを縮めたりすれば,
厳密さを犠牲にして直観により重きを置く危険が避けられません.
経験豊かな読者になら数学的厳密さという究極の試練に耐えられる程度にまで,
かなりの時間を費やして直観的な議論を推敲しました.
危険について語る(むしろ書く)のなら,
本文執筆中別のことが私を悩ませていました.
私が愛読する作家の1人であるアイリス・マードックがこのことを
『本をめぐる輪舞の果てに[[訳註]Iris Murdoch, {\it The Book and the Brotherhood}, 1987.
蛭川久康による日本語訳がみすず書房(1992)から出版されている.]』
の中で書いています.そこで,ジェラルド・ハーンショウはそのおそるべき教師であるレフクヴィストに,
その人生の残りを偉大な書物を材料に凡庸な書物を書くことに費やしたいのかと追求されています.
(ジェラルドの答えを知りたい人はこの小説を読むべし.)
実際,本文を書いているときには多くの教科書に影響を受けました.
たとえば次のようなものです.
- M.アルチン『代数学(Algebra)』, Prentice-Hall, 1991.
- A.ベァドン『離散群の幾何(The Geometry of Discrete Groups)』, Springer-Verlag, 1983.
- M.ベルジェ『幾何 I-II(Geometry I-II)』, Springer-Verlag, 1980.
- H.S.M.コクセター『幾何学入門(Introduction to Geometry) [[訳註]銀林浩による日本語訳が明治図書(1982)から出版されている.]』, Wiley, 1969.
- H.S.M.コクセター『正多面体(Regular Polytopes)』, Pitman, 1947.
- D.ヒルベルト, S.コーン-フォッセン『直観幾何学(Geometry and Imagination) [[訳註]
原著はドイツ語で,Anschauliche Geometrie, Springer, Berlin, 1932であり,
芹沢正三による日本語訳がみすず書房(1960, 1961)から出版されている.]』, Chelsea, 1952.
- J.ミルナー『微分トポロジー講義(Topology from the Differentiable Viewpoint) [[訳註]
日本語は拙訳がシュプリンガー・フェアラーク東京(1998)から出版されている.]』,
The University Press of Virginia, 1965. Princeton University Pressから再版,1997.
- I.ニーヴン, H.S.ツッカーマン, H.モンゴメリ『数論入門(An Introduction to the Theory of Numbers)』, Wiley, 1991.
- J.H.シルヴァーマン, テイト『楕円曲線論入門(Rational Points on Elliptic Curves) [[訳註]
足立恒雄他による日本語訳がシュプリンガー・フェアラーク東京(1995)から出版されている.]』, Springer-Verlag, 1992.
私はこれらの書物から今や古典的になった議論をいくつか(避けることができずに)使ってはいますが,
オリジナリティーのある本を作ることも主な目的の1つでした.
本書は決して比べられることを目的としておらず,
本書がこのようなもっと進んだ教科書にとり組もうとする十分な動機づけになることを希望しているのです.
本文の縒り合わさった性格にも拘わらず,
本書は多様な教程の十分な素材を含んでいます.
たとえば,第1--10節,第17--23節を選んで,
もし必要なら(かろうじて例を使ってフックス群とリーマン面を扱っている)第15--16節からの素材をつけ加えれば,
より短いバージョンを作ることができます.
大学生用の幾何の教程の非公理論的なとり扱いなら,第5--7節,第9--13節と第17節の中から作れます.
本書には多くのコンピュータ・グラフィックスがあります.
この素材は定木を使って伝統的な方法で教えてもいいし,
LCDパネルに接続したPCやワークステーションを備えたコンピュータ・ラボや教育施設でインタラクティヴに教えることもできます.
その代わりに,イラストを集めたグラフィックスのライブラリーを作って,
学生たちが利用できるようにすることもできます.
どんなソフト・パッケージが好みだというわけではありませんが(特定の目的のためにはあるソフトが
他のソフトよりよいのですが),
本書のイラストを作るのには Maple と Mathematica
の両方を使いました.
教室の環境ではこのどちらかと Geomview[[原註]このソフト・パッケージは,
ウェブ・サイト http://www.geom.umn.edu からダウンロードできます.]をリンクすると特に役に立ちます.
というのは3次元グラフィックを扱うことができるようになるからです.
第17節は高度なグラフィックが使ってあり,
種々のスライドやコンピュータで作った3次元の画像を学生に見せることをお勧めします.
特に第7節の立体射影,第17節のピラミッドやプリズムの対称群,第16, 18節の切り貼りの技法に対しては,
アニメーションを使うこともできます.
これらの Maple 用のテキスト・ファイルは私のウェブ・サイト
http://carp.rutgers.edu/math-undergrad/science-vision.html
と
http://mathsgi01.rutgers.edu/~gtoth/
からダウンロードすることができます.そうでなく,コピーが欲しいなら,
gtoth@crab.rutgers.edu
というアドレスに電子メールを書くか,フォーマットしたディスクを
Gabor Toth, Department of Mathematics, Rutgers University, Camden, NJ 08102, USA
まで送って下さい.
大量の情報,インタラクティヴなグラフィックス,アニメーションなどはWWW上で利用することができます.
少なくとも1回はコンピュータ・ラボかワークステーション・ラボに行くスケジュールを立て,
WWWの使い方を学生に説明することを強くお勧めします.
実際,グリンプスを最初にラトガース大学で実行したとき,
学生たちが本文に関連した色々なウェブ・サイトで過ごす時間が益々増えていくのに気づきました.
こうした理由で,いくつかの節の終わりに推奨するウェブ・サイトやフィルムのリストをあげておきました.
何百ものウェブ・サイトが毎日のように創られ,更新され,廃止されていますが,インターネットを通して,
いつも利用可能な最新のウェブ・サイトをリストアップする努力をしてきました.
カムデン,ニュージャージー
ガボー・トス
[訳者注]著者はミシガン大学に転勤になり,ラトガス大学関係のサイトとメールは使用不能です.
著者のHPはミシガンでのHPに変わっています.
メールはが使えそうですが.
謝辞
4色問題に関する第19節の後半は,ラトガース大学の同僚であるジョセフ・ジャーヴァによって書かれました.
彼の助力とグラフ理論への識見を共有したことに対して,彼には大いに恩恵を受けています.
ラトガース大学におけるグリンプスの最初の試みは,1996年夏の最初の6週間に行われ,
聴衆は同数の学部学生と大学院生でした.
1996年秋にはまた,グリンプスの幾何の部分,第1--10節と第17--23節に当たる部分を,学部学生に教えました.
学生たちの献身的な作業の結果,もとの原稿は改訂・訂正され,議論のいくつかは磨きを掛けられ,
おまけのトピックスもつけ加えられました.
彼らのすべてに,参加し,熱中し,激しい仕事をしてくれたことに感謝します.
原稿の最終稿を注意深く改訂し,多くの価値ある変更をしてくれた,
ラトガース大学の数学教育の最上級生ジャック・フィストリに特に感謝しています.
また,ワークステーションの前で数え切れぬほどの時間を費やして,
グリンプスに関係した適当なウェブ・サイトを見つけてくれた,
ラトガース大学の大学院生スーザン・カーターにも感謝しています.
1996年の夏,ミネソタ大学の幾何センターを訪れました.
グリンプスについて,学部学生や大学院生,それに高等学校の教師からなる聴衆に対して講義しました.
彼らの貴重なコメントにも感謝したいと思います.
それらは原稿の最終稿には反映させています.
幾何センターの教育部長であるハーヴェイ・キーンズには,
グリンプスを熱心に支持してくれたことに,特に感謝します.
私がそこに滞在していた間,
スチュアート・レヴィと共に「5つのプラトンの立体のグリンプス」という10分のフィルムを製作しました.
プロジェクトに対する彼の貢献は私のあらゆる期待を越えるものでした.
原稿のタイプセットが始まったのは,
LaTeX の練習のための材料としてベティ・ズバートに最初の20ページを手渡したときでした.
原稿が理に適った大きさを越えてしまい,300ページものつまらぬ殴り書きを立派な文書に変えるのに,
尽きることのないエネルギーを費やしてくれた彼女に対して,
私が感謝していることをここに記しておきます.
カムデン,ニュー・ジャージー州
ガボー・トス
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