Book Guide:Mathematicians
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数学を作った人,数学で作られる人
[特集]この夏にぜひ読んでみよう ジャンル別ブックガイド「数学者」
(数学セミナー8月号(1999.8.1), 8-9ページ.)



 「伯父さん,こんにちは.ちょっと相談が...... 」
 「新入生のガイダンスのとき以来だね.しばらく見なかったようだが,大学には来てたの?」
 「伯父さんの講義に出るの,ちょっと恥ずかしくて.......それに微積分も線形代数も,なんだか高校の続きみたいで.講義に出る気が起きなくてさ」
 「そうなんだよな.導入に工夫するとやさし過ぎ,昔のようにするとすぐ学生は減っちゃうし,どうしたらいいのか............. 」
 「何をぶつぶつ言ってるの,伯父さん.僕だって伯父さんのいる大学にわざと入ったんじゃないんだから. 「まだ分かる」と思っているうちに頑張って勉強しろ.すぐに「もう分からない」となるからって言ってたよね.どうも,そうなりかかっているみたいなんだ」
 「アドバイスならしてあげるが,他の学生とあまり違うことはしてやれない.で,何が知りたいの?」
 「うーん.講義でね,線形代数はそれほどでもないけど,微積分の方は人の名前がいっぱい出てくるね.あれ,どうしてなの?」
 「一言で言えば,ニュートンが微積分を作ったときには強力さが大事だったが,知らない人間に教えるときには基礎が大事なわけだね.ところがその基礎づけは結構難しくて,19世紀の終わり頃にたくさんの人によって集中的に行われたということだね」
 「ふーん.本がたくさんある部屋だな.あ,表紙のこの人,額が広くて髭が厚くて,いかにも学者って感じだね.D.ラウグヴィッツ『リーマン−人と業績』(シュプリンガー・フェアラーク東京)か.ふーん」
 「これは数学者の伝記としてはなかなかいいよ.数学的なこともわりとしっかり書いてあるしね.でも,リーマン積分がもう出てきたのかい?」
 「まだだけど...... ぱらぱらと見てみたけどこの本,僕には難しいね.他の人のはないの?」
 「難しいかなあ.伝記ならたくさんあるよ.君の知ってそうな人なら大抵はある.ニュートン,ライプニッツコーシーアーベル,.....,そうだ,簡単でいいなら,『数学辞典』(岩波書店)はどうかな.個人の項目だけでも34人も載ってて,肖像写真も8枚ある」
 「リーマンは同じ顔だね.でも,もう少し人間的な方がいいな.辞典じゃどうもね」
 「贅沢を言うね.ま,たしかに偉人伝ですって感じのものは敬遠したくなるかも知れないね.血湧き肉踊るって感じなら,L.インフェルトの『ガロアの生涯−神々の愛でし人』(日本評論社)だね.読んでいてともかく熱くなる.でも,高校生のときに読んだんだが,ガロアがなぜ天才なのかよくわからなかった.群の概念て言われても,書いてあることは当り前だし」
 「そりゃあ多分,伯父さんが天才じゃなかったってこと ..............,ごめん」
 「君に言われると立ち直れないね.あまり数学に関心を持ってないと,数学者の個人史を読むのは辛いかも知れない.そうそう,最近E.T.ベルの『数学をつくった人々』(東京図書)が再版されたが,これなんかどうかな.久し振りに読んで見たけど,面白いよ.また,章ごとの副題が嬉しいね.リーマンの章は``真率な魂''で,さっきのガロアは``天才と狂気''だ.万能と呼ばれる人は,ライプニッツ``万能の人''とポアンカレ``最後の万能選手''の二人.天才と呼ばれるのは上のガロアと``貧困の天才''アーベル.ニールス・アーベル
 ``解析学の権化''と呼ばれた史上もっとも多産な数学者オイラーは「人が息をするように、鷲が空を舞うように計算をし」て,死ぬときも計算の途中孫を呼びにやり,お茶をすすりながら話をしているとき、突然「死ぬよ」と周りに告げ,穏やかに「生きることと,計算することを止めた」ということだ.
 それにね.``数学界の王者''のガウス,``偉大なアルゴリスト''のヤコービ,``方法にまさる人間''だったエルミート,..............」
 「伯父さん!興奮しないで」
 「ん? どうかした? ニュートンは``渚にて''だ.「私は,自分が世間の目にどう映っているかは知らない.けれども自分としては海辺に遊んでいて,美しい貝を見つけて楽しむ子供に過ぎない.しかも真理の大洋は未知のままに目の前に広がっている.」(p.82)という晩年の述懐から始まるんだ.素晴らしいね.まあ,この本を読んで自分に特に惹かれた人があったら,また来なさい.適当な本を教えてあげるよ.
 そうだな,大学でネットの端末に触れるんだろ.僕のホームページに「ほんの本のページ」という数学関係の本のリストがあるから,それを見たら」
 「本のタイトルだけなんでしょ.それじゃわかんないと思うな.ベルの本って,古そうだね.一番最後の人物がカントールだもの」
 「コメントを入れるには分量が多すぎるから,今のところリストだけで勘弁してもらってるんだよ.
 ベルのは古くてもいい本ということだけど,1936年発行だから,戦後の人は全然扱われていないね.最近はいろいろな伝記もたくさん出ているから,上のリストを見て探したらいい.
 生きている人の方がよければ,D.J.アルバースとG.L.アレクサンダーソン編の『数学人群像』(近代科学社)というのも面白いよ.現代アメリカの数学者たちとのインタヴューをまとめたもので生々しい.続編は別の出版社で,『アメリカの数学者たち』(青土社)だったかな.読んでみて,ベルの人物と,どちらを身近に感じるかで,君の感性が試される........... あ,ごめん,気にしないで気軽に読んでみたら」
 「あの.....,話がどんどん進んじゃったけど.僕が知りたかったのはね,数学者はどうしてあんなことを考えつくことができるかってことなんだ」
 「思いつく理由? 心理的なことなら,J.アダマール『数学における発見の心理』(みすず書房)という本もある.面白いんだけど,結局,個別の事情の面白さということでね.またその事情を観賞するには,発見される数学が分かってないと面白くないし」
 「あーっと,勉強の役にも立つの,ないかな?」
 「注文が多いね.勉強って,微積でいいなら,ハイラーワナー『解析教程』(シュプリンガー・フェアラーク東京).微積分の源の時代,生まれる時代,発展する時代,反省吟味される時代の順に,数学自体が生き物のように育っていく様と人との絡みが描かれている」
 「それ,訳してるとき,オイラーは偉いって叫んでいた本? 読んでもいいけどさ,教科書なんでしょ」
 「教科書っていうより,読み物って感じだし,原典からの問題もついてて,勉強にもなるんだがな」
 「数学の流れの中に見え隠れする人生っていう方が好み...... なんだけど」
 「まったく注文の多いこと.えっと,そうだね,アーノルド『数理解析のパイオニアたち』(シュプリンガー・フェアラーク東京)なんかどうだろうね.
 ニュートンとの絡みで,微積分誕生と惑星運動の理論の関係,誰が何をし,何をしなかったのかという話だ.講演記録が基になっていて,式はほとんどないけど,数学を知ってる人にも十分興味深く,知らないこともたくさんあると思うよ.``ニュートンは軌道が楕円であることを証明したか?''とか``月は地球に落ちてくるか?''とかという章題だけ見てても想像を掻き立てるものがある.これ,一押し.
 教科書に出てくる数学者のことを少しでも知ってる方が勉強するときに親近感がわくだろう. そうそう,『解析教程』のときにつけた「人名索引」を膨らませた人名豆辞典のようなページ(http://www.com.mie-u.ac.jp/kanie/tosm/humanind/jinmei.htm)も作ってあるんだ. それ以降に関係した本の登場人物も加えていて,日々成長している」
 「ごめん.用事を思い出したんで.また来ます.伯父さん,ありがとう」
 「どうなっているのかね.頼りないのか,頼もしいのか.親父には黙っておくことにするか」